ドラマチック

 

 久々に見た昼ドラは、相変わらずドロドロしていた。
 しかし真田は関心した様子で、すごいな、と言った。
「ドラマですからねぇ」
 ドロドロしていることを言っているのだと思った嶋本は、適当に相槌を打った。しかし、少し、違ったらしい。
「一度、ドラマや映画のような体験をしてみたいものだ」
「何言ってんすか。海保で潜水士で特殊救難隊ですよ。毎日そうやないですか」
「……言われて見れば確かに」
「自分の人生なんて、平凡に思えるもんです。それに、案外ドラマみたいな人生送ってる人多いでしょ」
「……そうか?」
「ほんなら一つ、話してさしあげましょ。高校の副担任の話です」
「お前がグレてる時の先生か」
「ええ、そうですね。めっちゃグレてる、三年の時です」

 そして嶋本は、丁寧に丁寧に言葉を紡ぎ始めた。

 俺ね、当たり前に学校サボってて。副担の授業も、初っ端からサボったんです。
 でも相手は福担でしょ? 登校したら当たり前に捕まるんですよね。で、
「一度で良いから授業を受けてくれ。興味がわけば、そのまま授業を受け続けてくれて良い。興味を持てなかったなら、寝てて良い。静かにしてくれてるなら何しても良いからから、とりあえず自分の席に座っててくれ」
 って、頼み倒されて。全然諦めてくれんかって、面倒になったんで
「本当に2回目からは寝てもいいんだな?」
 って念を押して承諾したんです。授業はやっぱりおもんなかったけど。めっちゃ丁寧で、熱意は伝わってきました。ただ、まだ准教員だったから、教師に夢見てんのかと思ったもんです。
 三年言うたら受験でしょ。自分もまだ教免持ってないでしょ、「一緒に頑張ろう」って。
「副だけど、一応担任だから。他のクラスの生徒より、やっぱり愛着がある。皆には頑張って大学受かって欲しい。俺も教免取りたい。一緒に頑張ろう。教員試験は9月だけど、絶対受かって、教頭目指してまたすぐ頑張るから。だから最後まで皆と一緒に勉強ができる。頑張れる。最後まで一緒に頑張ろう」
 って。言うんですわ。ほんまに。ことあるごとに。
 なんでそんなに熱いんかと思ったら。推薦受験始まる直前に、昔話をしてくれたんです。

 副担も、高校の時やる気がなかったみたいですわ。でも、一緒に頑張ろうって言ってくれる子が現れたんですって。その子もやっぱり自分の目標や夢の話をよくする子やったみたいです。
 で、流されるままに勉強するようになって。
 でも流されてるだけやから副担は夢や目標を見出せんかって。でも、「何かせなあかんわ。何かしたいな」とは思えるようになったんですって。それで、とりあえず大学行こうって、考えるようになった矢先に。
 彼女、海で死んだんです。
 事故か自殺かわかれへん。
 海に、浮いとったんですって。
 その知らせを聞いて、副担ショックやし、一緒に頑張ってくれる人おれへんなったし。大学も、とりあえず行っとこうかなの程度やったから執着なくて。
「大学行って何になるん? 頑張っても何も出来んと死ぬやんか。なんで頑張らなあかんねん」
 って荒れて。案の定というべきか、勉強せえへんようなって。
 センター試験も受けず。受験シーズンになっても何もせず。
 でも、見ててくれる人はおるんですねぇ。
 ある日突然学年主任に呼び出されて
「ここなら受かる。俺が受からせてやる」
 って、一校だけ提示してきたそうです。そりゃ全然勉強してへんから、三流の大学ですわ。
「どうせこのまま腐り続けるんやったら、ここに行け。そこで腐り続けてもかまわん。腐り続けて、でも卒業してみ。三流は三流やから、何の自慢にもならんけど、腐ってんのに履歴書に大学卒業って書ける。ラッキーやろ。高卒と大卒は大分違うぞ。だからとりあえず、ここに行け」
 って。これだけやったら、なんか進学率上げたいだけみたいに聴こえるけど。続きがあって。
「もし、大学に行き続けて、したいことや目標を見つけたなら、俺に言ってこい。助けてやる。その大学の教授に友達おるから、面倒見させてやる」
 そこまで言うんですって。
 副担正直、自己主張するのも面倒で、言われるがままに、その大学に行ったそうです。
 最初はやっぱりおもんなかったそうです。
 夢もなく何もなく、教育学部ですよ。よりによって教育学部。しかも三流大学で、程度が知れてるのに、そこで頑張ろうとも思えずただなんとなく過ごし続けて。とりあえずできた友達は、教育学部やから教育の話とか夢の話とかばっかでやっぱりおもんなくて。
 でも、友達の話聞いてるうちにね、「一緒に頑張ろう」って言ってくれた子を思い出したんですって。
「そう言や、あいつの夢も教師やったな」
 そしたらもう、つかえてたものが取れたみたいに、自分の中に感情が戻ってきたって。
「あれ、俺、何してんだろ」
「こんな、生きてんだか死んでんだかわからん生活送って」
「あいつはもう、何も出来ないのに」
「何、殻に閉じこもって、もったいない事やってんだろう」
「丁度やりたいことねぇんだから。丁度教育学部にいんだから。あいつの代わりに俺が教師になろう」
「ああ、ここをすすめてくれた学年主任に連絡しなきゃ」
「助けを求めるのは、ありがとうって言ってからだ」
「頑張れる」
「俺には、目ぇ開かしてくれた人がいる。助けてくれる人がいる。一緒に頑張ろうって言ってくれた人がいる」
「俺は、生きて、頑張らなきゃいけない」

 そんな経緯で副担は、死んだ子のためにも、学年主任のためにも、頑張って教免取らなきゃいけないって。
 頑張るっていうのは大変なことだけど、助けてくれる人、一緒に頑張ってくれる人がいると、大分楽になる。すごく頑張れる。だから、みんなと一緒に頑張りたい。みんなと一緒に頑張ることで、少しでいいから皆の支えになれたらいい。皆が頑張れる、そんな存在になりたい。

「もうね、そこまで言われたらしゃあないんで、授業出たりました。ほとんど寝とったけど」
 嶋本はそう言って、昔話を終わらせた。
「ほお」
「ね、作り話みたい」
「そうだな」
「でも実話です」
「そうだな」
「俺たちが命張って仕事してんのも、事実です」
「うん」
「先生も、俺が今命張って人助けしてるなんて知ったら、まず信じませんよ。先生にとってはこっちの方こそドラマの世界や」
 昼ドラは、ドラマの中のドラマの中のドラマくらいが丁度良いお話なだけで、魔法や宇宙人でも出てこない限り、状況が合えば誰にだって起こりうる話だ。
 嶋本はそう締めくくりたかったが、真田があることに気付いた。
「お前は、その先生の話を聞いて海保に入ろうと思ったのか?」
「は? なんでですか?」
「彼女、海で死んだんだろ」
 しかし嶋本はそんなこと、全然意識していなかった。今まで気付きもしなかった。
「ああ、全然違いますよ。当時やっぱりやりたいことなくて。将来の事考えたらとりあえず安定してる方が良いかなって。でもって、デスクワークは性に合わんので、とりあえず体動かす公務員目指しただけです。別に警察でも消防でも自衛隊でも良かった」

 すると真田は、笑いたいのかしかめたいのかよくわからない表情になった。

「そうか。聞かなければ良かった。せっかくのドラマが台無しだ」

 

<<Mainへ