愛しい
今日、は。真田さんの、たんじょうび。
プレゼントはない。ただ、ちゃんぽんを用意した。
先週、「次の木曜、うちで晩飯食べませんか」と言って誘った。日にちは言わなかった。誕生日を意識されるのは嫌だった。サプライズで祝うつもりもなかった。
ちゃんぽんを、用意した。手作りではない。だって、ちゃんぽんなんて作れない。インスタントだ。
それでも、美味しいと言わせる自信はある。インスタントだとバレない自信がある。
隠し味。
それだけで、インスタントでも段違いに美味しくなる。
隠し味の話したら、愛情、とか、真顔で言わはるんやろうな。爆笑しながら否定したんねん。
ウキウキしてきた。
早よ来おへんかな。
思ったところで、チャイムが鳴った。
ドアを開ければ、真田さんがコンビニ袋をぶら下げて立っていた。
「お待ちしておりました」
言えば、真田さんは笑顔になった。
「お招き頂きありがとう。これを、」
「あ。わざわざありがとうございます。さあ、上がって下さい」
「お邪魔します」
一緒にリビングまで行って、いつもの場所に促して、受け取った袋から缶ビール二本を出す。そして俺は、「すぐ持ってきますね」と言ってキッチンへと引っ込んだ。
「お待ち遠様」
二つの丼を持って現れれば、真田さんはふわりと顔を綻ばせた。
――あかん、可愛い。
「ちゃんぽんか」
期待に満ち溢れたその表情は子供っぽくさえある。
「美味そうな匂いがする」
「美味いですよ」
丼をテーブルに置いて、正面に腰を下ろして。ビールで乾杯すると、真田さんは律儀に合掌した。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
ズズズ、と。真田さんは口いっぱいにちゃんぽんを詰め込んだ。もぐもぐと咀嚼する表情に変化はない。しかし、全てを飲み込むと、
「美味い」
関心したように呟いた。そしてもう一度、次はこちらを見て言った。
「美味いな」
滅多に見られない、満面の笑顔だ。ぽっと心が温まる。
「ほんまですか。良かったー!」
「うん。本当に美味しい」
「おかわりありますんで、ガッツリ食ってくださいね」
促して、ようやく自分もちゃんぽんに箸を伸ばした。しかし箸はなかなか進まなかった。美味しそうに食べてくれる真田に、つい見いってしまうのだ。
こんなに美味しそうに食べてもらえるなら、毎食でも用意したいと思う。そして何より、愛しく思う。自分は幸せだと思う。
愛しい。
愛しい。
愛しい。
「……嶋本?」
「っえ? あ、はい」
「食わないのか?」
「食いますよ」
「うん」
「あ、こういうことっすか? はい、アーン」
真田さんは驚いたような顔になったが、すぐ口を大きく開いた。
――やばい、可愛い。
「美味し?」
聞けば、真田さんはこくんと頷いて、満足そうな笑みを浮かべた。
「すごく美味しい」
――あかん、めっちゃ可愛い。
笑みが伝染したのが自覚できた。
「これね、インスタントなんですよ」
「インスタント? こんなに美味いのは食べたことないぞ?」
「隠し味、加えましたからね」
「隠し味。……何を入れたんだ?」
「何やと思います?」
聞くと、真田さんは箸を止めて考えこんだ。
「ふむ……。愛?」
「……っぷ。あはははは! ハズレです」
予想通りにも程がある。でも、次の言葉までは考えていなかった。
「入ってないのか?」
「はい」
「そうか……」
言って、真田さんはしょんぼりした。
垂れた犬耳が見えるようや……。
「嘘です、嘘です! たーっぷり注がせていただきました! でも、他にも入れてあるんです。何かわかります?」
「いや……。皆目見当もつかないな」
「クリームです。コーヒーに入れるクリーム」
「クリーム??」
「ええ」
「そうか……。いや、うん。意外だな」
「そうですか? カレーにチョコとかリンゴ入れるのと同じノリやと思いますよ」
「うん……。今度やってみよう」
「是非。まあ、今食べてるのがまさにそれなんすけど」
アハハと笑えば、真田さんはふと真顔になった。
「ありがとう」
「なんすか、この程度で改まらんでくださいよ」
「いや。誕生日だから教えてくれたんだろう?」
「うわ、ばれてましたか」
「途中で気付いた。今日はやけにサービスしてくれるから」
そして真田さんは、嬉しそうに目を細めた。
サービスだなんて。何もしてないのに。
「とんでもないです。勿体無い言葉や。でも、そんだけ喜んでもらえたら、俺もめっちゃ嬉しい」
ああ、俺は真田さんのこういうとこ好きになったんかもしれん。
そして、改めて思う。
愛しい。
(おわり)
