いただきます

 

「俺は、付き合い始めたら、兵悟君を待ってやれる程、自分を抑えられる自信、なか」
 なんて、盤君は言っていたけれど、案外何もしてこない。と言うよりは、二人きりになる機会がほとんどない。隊が別々になって、休みなんて滅多にかぶらなくて、時間の確保が難しい。
 正直、ほっとしている。
 これから待ち受けているであろう様々なことは未知の世界で、不安や恐怖といった良くない印象しかない。だから、だらだらと先延ばしになることは有り難かった。
 でも、まるでそのツケみたいに、盤君の機嫌は急速に悪くなっていた。
 おぞましい、雪だるま。
 盤君の、心だ。
 今日は当直だからと、盤君は雪かきを先に抜けた。ならば、明日の夜なら、時間が合う。

 会わなくちゃ。俺は今、こんな時の為にいるんだから。

 そう意気込んだのに。
 いざ会ってみると、盤君はけろりとしていた。
「初めてやない? 兵悟君の方から会いたかとか」
「……そうだっけ?」
「うん。何かあったとね?」
 しかもこれは、何か揚げ足でも取る気満々だ。言葉だけなら労ってくれているようだけど、絶対にそうじゃない。だって、嬉しそうに、なんだかニヤニヤしている。この質問には、答えたくない。
「……」
「兵悟君?」
「……何もなかったみたいだ」
「は?」
「ちょっと会っとこうかなあって、思っただけ!」
「はあ? 何やそん言い方!」
「何やって何がだよ!」
「兵悟君日本語間違っとうよ。『ちょっと会っとこうかなあ』やなくて、『会いたかった』、やろ?」
 そう言う盤君はなんだか嬉しそうに照れていた。何がそんなに嬉しいのかはわからないけれど、盤君が機嫌よくしているのは俺も嬉しい。
「良かった」
「何が?」
「盤君が元気そうで」
 言えば盤君は、意外そうな顔をした。
「……心配してくれてたと?」
「うん、まあ……」
 盤君の予想外の反応に、適当な相槌しか打てなかった。
 けれど盤君は、見たこともないような優しい笑顔になった。いや、盤君の優しい表情を見るのはこれが初めてだ。
 多分盤君は格好良い部類に入る。気難しい性格はしてるけど、オシャレだし、きっともてる。そんな人がこんな笑顔を向ける相手が自分だなんて。
 なんとなく目をそらせなくて、何か言わなきゃと焦っていたら、不意に抱き寄せられた。
「ったく。来んのが一歩遅かばい」
 盤君は俺を怒らせるのがうまい。
「はあ? 間に合ってたって、どうせ盤君何も話してくれないんだろう?」
「……。ていうか逃げんと?」
 その言葉で、改めて今抱きしめられていることを認識した。慌てて離れようとするけど、盤君の腕はなかなか解けない。
 と思ったら。盤君の腕はスッと離れていった。
「盤君?」
「何ね。いくとこまでいって良かとね?」
「いいいやいやいや! 良くないけど……」
「……」
「どうして?」
「はぁ? ヤられたいとや??」
「違うって! なんでそうなるの?」
「なんでも何も、だってそうやろうもん」
「違うよ!」
 むきになって叫ぶと、盤君は一気につまらなそうな顔になった。一つ息を付いて、どこか、遠くを見やる。
「わかっとうよ……」
 つぶやいた盤君は、酷く、寂しそうで。なんだか申し訳なくなった。
「盤君」
「……」
 謝りたいのに、盤君は呼んでもこっちを向いてくれない。
「盤君」
 もう一度呼ぶと、盤君はようやくこちらを向いた。
 と、思いきや。
 
 チュッ
 
 キスを、された。
 驚いて、思わず立ち上がった。
「な、な……! 何するんだよ!!」
「キス」
 盤君は憮然と答えた。
「……そげん必死に口ぬぐうこともないやろ?」
「……!! ぬぐう! ぬぐうよ、普通!!」
「なんでね? 恋人同士やのに」
 そして盤君は、ペロリと唇をなめた。そんな言動に俺は、恥ずかしくなって、いたたまれなくなって。だから、決めた。
「俺、帰る!」
 俺はせわしなく玄関へ行き靴を履き盤君の部屋を出て行った。
 そんな俺を、盤君は止めるでもなくただ眺めていたみたいで、余計恥ずかしかった。

 

(おわり)

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