お題16.帰り道
「あの、五十嵐さん。どうして急に神戸牛ステーキ?」
「可愛い後輩が頑張っているんだもの。ご褒美よ。遠慮せず食べて。あなたは最近突然頑張りだした理由を聞かせてくれたらそれでいいの」
「えええ……」
「話してもらうわよ。8000円分」
訓練日。帰ろうとしているところを五十嵐さんに捕まった。そして連れて来られたのがこの、目の前の鉄板でステーキを焼いてくれる小さなレストランだった。どうやら1人8000円のコースで、しかもお金を払わせてくれないらしい。
「……子どもたちの期待に応えられる大人になりたいだけです」
「子どもたちの期待?」
「ええ」
平日の昼間、郵便局からの帰り道。
この時間この道は、小学生の下校時間で、やはり帰り道。
角を曲がって大通りに出ると、小学生はぐんと減った。だから目についた。歩みを止めた男の子二人に。
二人の視線の先には冬毛につつまれた黒猫。ぽてぽてとゆっくり歩くその猫を、やんちゃ盛りの男の子は、近寄るでもなく眺めていた。
眺められている気配を察したのか、黒猫は一度振り返る。少年二人の隙をついて走り出すかと思ったその猫は、前を向いて、またぽてぽてと歩き出した。
猫の進行方向はこちら。自分の進行方向も猫が来る方向。
猫がこちらを見た。やはり猫は走り出すことなくぽてぽてと歩を進める。
少年たちはまだ猫を眺めている。この猫の何にそんなに興味を惹かれるのだろうか。少しわくわくしながら歩を進める。
近づくと、猫の目の色が左右で違うことに気付いた。なるほど、と思って、次の瞬間には、違う、と訂正した。
左目が、白い。これはきっと、見えていない。
そして、すれ違い様に見たものは、千切れて短くなり、毛が抜け皮の剥けた、目を覆いたくなる程痛々しい、尻尾だった。
走り出さず、ぽてぽてと歩くのは、そういうことだったのだ。
やんちゃ盛りの少年が近寄ることもせずにただ眺めていたのは、そういうことだったのだ。
すっかり歩みが止まってしまった少年の横を通り過ぎる。
「かわいそうや」
一人が、今にも泣きだしそうな声を出した。そんな友達に、もう一人の子は気丈に「大丈夫やって!」と言ってのけた。
「大人たちも、あれ見たら絶対かわいそうやと思う! だから、誰かがご飯くれるって!」
背後から聞こえてきたその会話に、胸が詰まった。
「どうにもできない自分が悔しかっただろうなぁとか。大人ならなんとかしてくれるって信じてくれてるんだなぁとか。いろいろ思ったんです」
「良い子達ね」
「そうなんです。それで、猫を助けられない自分が不甲斐なくて、早くトッキューに行かなきゃと思いました」
「そう」
「訓練を頑張る理由は、それだけです」
「大丈夫。真田君が行けたんだもの。シマだってトッキューに行けるわ」
確信に満ちたその声に、また、胸が詰まった。
