お題25.ヤキモチ

 

 嶋本がどうやら大丈夫ではないらしい。高嶺からそんな情報とも言えない情報のみを掴まされすっかり困ってしまった真田は、訓練終了後、とりあえず嶋本宅を訪れた。
 玄関で出迎えた嶋本はそれは驚いた様子で。
「え、えっと……。来るんやったら、言うてくれたら一緒に帰ったのに」
「すまない。……話があるんだが、時間は大丈夫か」
「……無理です」
「そうか。すまない。出直そう」
「嘘です。言いましたやん。一緒に帰ったのに、て。どうぞ、上がってください」
 そう言う嶋本からは早くも驚いた様子が消え、すっかりいつも通りだ。
 奥へ進み座卓に腰かけると、台所に移動した嶋本が口を開いた。
「帰りの更衣室からおかしいですよね。どうしたんですか」
 冷蔵庫を覗きながら、まるで背中に目があるようなタイミングだ。だけどそれもいつも通りの嶋本。嶋本はいつでも、五感を最大限駆使して周りの様子を伺っている。それを無意識化で行っている。
「何と声をかければいいか、考えていた」
 答えると、嶋本はあははと笑った。
「そら先帰ってもうてすんません〜。……あかん、無い」
「どうした?」
 真田の問いに、嶋本は冷蔵庫から顔を上げ、右手にペットボトルを掲げて言った。
「麦、発酵したやつ切らしてて。発酵してへんやつでもええですー?」
「ああ、いいよ。麦茶で」
「すんません、何もなくてー」
 そして嶋本は、麦茶の入ったグラス二つだけを持ってきた。片方を真田に差し出すと、流れるような手つきでテーブルに置いたままのはがきを自分の足元に避けた。
「で、話って?」
「……うん。……」
 真田は、ここへ来てまだどう話すべきか決めかねていた。というよりは、どこをどう見ても普段通りの嶋本に、どう話し出せばよいのか、さっぱりわからなくなっていた。
 結局真田は、高嶺にされたのと同じ質問をすることにした。それから、嶋本の反応を見て判断すれば良い。
「嶋本、最近何かあったか?」
「ありませんよ」
 即答だ。嶋本は、考えるそぶりも見せなかった。
『シマ、最近何かありましたか?』
 そう高嶺に唐突に聞かれた真田は、戸惑い「……いや?」と曖昧な返事しかできなかった。
「……本当に?」
「本当に」
 しかし嶋本はまたも即答。なるほど、と真田は思った。
「本当は、知られたくない何かがあったんじゃないか? 何もないふりをしているから、考えるまでもなく、何も無いと答えられるんじゃないか?」
 その問いに、嶋本は顔をしかめた。
「真田さんに気付かれるようなヘマはしてへんつもりなんですけどね」
「……俺はまったくわからなかった。嶋本の異変に気付いたのは高嶺。それをとりあえず確認したのは黒岩隊長」
「黒岩隊長?」
「大丈夫かどうか聞かれただろう」
「ああ、はい。なんか唐突に」
「大丈夫と答えただろう」
「はい」
「大丈夫じゃない人程、大丈夫と答えるそうだ」
「あー……」
 言葉に詰まったところで、嶋本の携帯電話が鳴った。嶋本は着信を確認すると、すんませんと言ってその場を離れた。しかし狭い室内。嶋本の声は漏れ聞こえてくる。明るい声に砕けた口調。随分親しい相手のようだ。
「切手? ちょお待って、すぐ確認するー」
 そんな言葉の直後、嶋本は携帯を耳に当てたまま戻ってきて、先程自分の座る足元に避けたはがきを手に取った。一目見てテーブルに置き、嶋本は再び引っ込んだ。「貼ってる貼ってるー」
 切手が貼られているかどうか確認するなんて変な電話だ。そう思いはがきに目をやると、それは結婚式の招待状だった。『ご住所』『ご芳名』の『ご』と『芳』に、上から太めのペンで『寿』と書かれている。しかし『ご出席』『ご欠席』は、何も手が加わっていない。親しい相手だ。何を迷うことがあるのだろうか。どこか遠い土地で行われるのだろうか。
 そんなことを考えているうちに嶋本は通話を終え戻ってきた。
 戻ってきた嶋本は、テーブルの上にはがきがあることに動揺した様子で。慌ててはがきを手に取り「見ました?」と聞いた。
「見えた。触ってないぞ」
「ああ、いや、はい。自分で置きましたわ……」
「行かないのか?」
「行きたいんですけどねぇ……」
「有給使えばいいじゃないか」
「それはまあ、そのつもりなんですけど……」
「遠いのか?」
「……千葉です」
「そうか。それは……悩む理由がわからないな」
 真田のその言葉に、嶋本は盛大にため息をついた。テーブルに肘をつき頭を抱え込み、言葉を絞り出す。
「俺……、誰よりも号泣する自信があるんですよねぇ」
「……ほお、」
「家族より号泣しそうな気がして……」
「それは……、とりあえず見てみたいな」
「もお! 真田さん楽しんでるでしょ!」
 勢いよく顔を上げた嶋本の声は、反して元気が無く。
「小学校からの友人で。やさぐれてた時も距離取らんと構ってくれて。関東に配属されたら、月1で飲み行くのが暗黙の了解になって。でも、結婚して、子どもでもできたら、そうも行かへんやないですか……」
「そうだな」
「なんか、嫁さんに嫉妬してもうて」
「嫉妬?」
「……こう、半身持ってかれた気分」
「よくわからないな。友人でなくなるわけでも、会えなくなるわけでもないんだぞ」
「わかってます。結婚してからも飲み行くって言ってくれてるし」
「なおさらわからない」
「それでも! 寂しいもんは寂しいんです!」
 嶋本の目から、ぼろりと涙が溢れた。
「あいつの中の俺の場所が小さくなるみたいで嫌なんです! 俺の知らんあいつがおるんが、寂しいんです! 何より、まだおめでとうって言えてへん自分が嫌なんです。結婚式行っても、おめでとうって言えそうになくて、嫌なんです……」
 嶋本の目から、どんどん涙が流れていく。鼻も決壊したようで、ズルズルしている。
 まるで子供のように泣く嶋本を、あやすよう抱きしめる。だけど、かける言葉が見つからない。
 嶋本が再び口を開いた。
「最近それでテンション低くて。……気ぃ抜いたら涙出そうになるし。おのれのあいつ大好きっぷりに、自分でドン引き」
「……もしかして、高嶺が気付いた異変はそれか?」
「……他に心当たりないです」
「……俺が、話を聞くのに」
「こんなこと話せるわけないですよ。案の定泣いてもうたし……。あー恥ずかし」
 嶋本はずずと鼻をすすった。しばらく止まりそうにない程に出ていた涙は、あっという間に止まっていた。真田が涙のあとをぬぐう。
「さっきの、わからないは訂正しよう」
「え、この短時間で何がわかったんですか」
「わかったよ。全部。俺は今、その友達に嫉妬している。嶋本にそんな親友がいたなんて知らなかった。嶋本の大部分は自分で埋め尽くされているものだと過信していた。嶋本が誰かのためにこんな風に泣くなんて思いもよらなかった」
 一気に空気が甘くなる。
 しかし嶋本の携帯電話が再び鳴って、嶋本はそそくさと真田の腕の中から抜け出した。
「もしもーし。何、また不備見つけたん? ……え、ああ、これは……鼻炎? で、何? …………それは大変なものを入れ忘れたなぁ。……え、ほんまに? うん、わかった。ほなまた当日〜」  通話を終えた嶋本は、放心した様子で。
「なんか、友人代表挨拶お願いしますのメモ入れ忘れとったんですって」
「大役だな」
「俺、行くとも、おめでとうも言ってへんのに」
「行って、おめでとうと言えば良い」
 その言葉に、嶋本は勢いを取り戻した。
「あかんあかん! あかんて! 俺絶対号泣する!!」
「号泣してきたらいい。ほら、『ご欠席』を消してやったぞ」
「何やってんすか、勝手に! 行くけど!! あー、どないしょー。何言おう!!」
「そのままを言えばいい」
 楽しそうな真田に、嶋本はがっくりと肩を落とした。


「寂しさが勝って嫁さんに嫉妬して、自分でドン引きしました。
今日まで言えなくてごめんなさい。結婚おめでどうっ! 二人幸せにならな許じばぜん!!」


嫉妬


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