※とある漫画のパロディです。苦手な方はお引き取りください。

 

 

お題41.約束

 

「神戸から来ました。嶋本進次です。特技は4歳から習ってるピアノで、将来の夢は、ピアニストになること!」
 転校した小学校は中途半端な田舎で、学校の脇には森があり、クラスにはガキ大将気が健在していた。
 ガキ大将曰く、
「森には壊れたピアノが捨ててある。壊れているからもちろん音は出ない。森にいって、そのピアノが弾けたら、仲間として、男として認めてやるよ!」
 と。
 あまりの馬鹿馬鹿しい話に、何も言えずにいると、ガキ大将が付け加えた。
「怖いか。できないか。しょうがねぇなぁ。じゃあ、チンコ見せれば男として認めてやるよ!」
 この妥協案で、俺は気付いた。とりあえず何でも良いから成果をあげないと、このしょうもないガキ大将はいつまでたっても絡んでくる。
 そんなの、チンコ見せるに決まってる。
 わざわざ森へ行って音の出ないピアノと格闘するよりも、チンコ見せる方がすぐ終わる。ズボンとパンツを少しずり下ろせばいいだけだ。
 なのに、ズボンに手をかけたところで邪魔が入った。
「ピアノなら、音、出るよ。嶋本、心配しなくても、あのピアノは音が出るんだ。ピアノ習ってるなら、弾けばきっと音は出る」
「でまかせ言うな、ジン!」
 そして、激怒したガキ大将が暴れだしその場はうやむやになったが、結局、この真田甚に森に連れて行かれるはめになった。
 森に入り、道なき道をすすんでいくと、少し広まった良く光の差し込む場所に、森に守られるようにグランドピアノが一台あった。
「うそやろ。どっかのステージみたいやん。こんなん、初めてみた」
 テンションが上がって思わずそう言うと、甚は自慢げに言った。
「夜はもっと綺麗なんだ」
 そんなの、
 こんなの、弾きたいに決まってる。
「じゃあ、弾くから。甚、お前証人になれよ!」
 しかし、わくわくしながら弾いたピアノは、鍵盤がやたら重く、音も出なかった。
「やっぱ壊れてるやん」
「そんなはずないよ。音が出ないなんて、今まで一度もなかったんだから」
 そして甚が弾くと、ポロンと綺麗な音がなった。
 甚は音を確かめると、そのまま1曲弾き始めた。音楽の阿字野先生が弾いてた、’茶色の小瓶’だ。
 すごく格好よくて、ドキドキした。
「すごいやん甚! ピアノ習ってへんねやろ!」
 思わず叫ぶと、甚は照れてしまって、その日は二度とピアノを弾いてくれなかった。
 それから俺は何度か甚をうちへ呼び、ピアノを弾かせたり、ピアノを聴かせたりした。甚は楽譜の読み方も知らなかったけれど、もともと、何回か聴いただけで弾けるようになるくらいの才能の持ち主だ。楽譜を見せ、それを弾いてみせるだけで読めるようになった。
「甚、ピアノちゃんと習えよ。お前才能あるよ。もったいないよ!」
 だけど甚はつれなかった。
「俺は誰にもピアノを習うつもりはないし、うちにはピアノを習うようなお金もない」

 その後、阿字野先生が昔は有名なピアニストだったことがわかり、母親が俺のピアノの先生にと頼みに行った。
「嶋本君だね。君に聞きたいことがある。さっき、君のお母さんが訪ねられて、」
「すみません。母が無理なお願いをしてしまって」
「ピアノの指導のことは、申し訳ないが断らせてもらった」
「そうですか……」
「聞きたいことというのは、真田のことだ」
 そして、真田のこと、森のピアノのことを話した。
 甚と阿字野先生の間に何があったかはわからない。だけど、阿字野先生が甚にピアノを教えたがっていることはわかった。
 俺には教えてくれないのに。
 そんな嫉妬が生まれたが、甚が断る事も俺にはわかっていた。だからその場は、なんとか平生を装っていられた。
 それなのに、甚は後日、「先生、俺にショパンを教えてください!」ときた。
 俺が勧めたときは嫌がったくせに。
 やっぱり、教えてもらいたかったんやん。
 ……。
 なんでだろう。腹が立った。

 家でピアノの練習をしていたら、母親が部屋に駆けこんで来た。
「進次! 次のコンクール、阿字野先生が審査員するかもしれないって! もしそうなったら、きっと優勝して、もう一度ピアノの先生にって、お願いしましょうね!」
 それなら俺は、予選をトップで通過して本選も1位で全国に行って、絶対に優勝したい。阿字野先生に、日本一のピアノを、俺のピアノを聴かせたい!
 俺は練習に熱が入った。
 だけど、予選まで日が浅くなった頃、阿字野先生が審査員を辞退した。
 理由は、教え子が出場するため。
 まさか、甚がコンクールに出るほどピアノに本気になっていたなんて、思いもよらなかった。
「甚、コンクール出るんやってな」
 言うと、甚は困ったような顔になって、慌てて言った。
「ずっと言おうと思ってたんだ。嶋本が嫌な気分になったら困るから、ちゃんと理由を話さないとって」
「嫌な気分に? まさか、大歓迎や」
「え?」
「これで思いっきり勝負ができる」
「あ……、良かった。勝負はするつもりないけど。下手したら絶交されると思っていたから」
「全力で……。甚が全力で俺と勝負せんかったら、そん時は絶交する」
「嶋本……」
「ほな俺、帰って練習する」
「待って、理由を聞いてほしい。理由をきいたら、勝負なんて気分じゃなくなると思うから」
「理由なんてどうでもええ。どういう理由でも、コンクールに出るからには、全力で勝負する。それが、コンクールと俺に対する最低限のルールやと思う」
 俺は小指を出した。
「約束。全力で勝負するって」
 言うと、甚はしぶしぶ指きりをしてくれた。
 甚が勝負に困惑していることはわかったけれど、でも、そうしないと俺がすっきりできない。
 すっきりしてこの町を離れるには、それしかないように思えた。

 コンクール予選、課題曲。俺は、ひとつのミスもない完璧なピアノを弾いた。舞台裏へはけると、自分の番をまつ真田が無邪気にピースをしてきた。
「すごいよ! 日本一のピアノだった!」
「ありがとう。甚も頑張って」
 大満足のピアノだった。自分でも驚くほど完璧で、あれ以上完璧なピアノは誰にも弾けないと確信した。俺は、甚に勝った!
 それでもやっぱり、気になった。
 甚はあの難解なモーツァルトをどう弾くんだろう。
 俺は楽譜通り完璧に弾けた。お前はどこまで俺に近づける?
 もしも実力を出し切れたなら、俺に一番迫れるのは、甚、お前のような気がする。
 はたして。
 甚の弾くピアノは、身震いするようなすごいピアノだった。
 思わず身を乗り出して聴いた。握る手に力が入った。
 だけど甚は、途中でぴたりと演奏を止めてしまった。

 嘘やん! なんで!!
 まだ弾き始めたばっかやん! ミスもいっこもしてへんし、このまま行けば、俺に勝てたかもしれんのに……!!

 甚は、タイを外し靴を脱ぎ捨て、一から弾き始めた。
 それは、森のピアノそのものだった。
 甚は、客席を樹木に変え、会場をピアノの森に変えてしまった。 
 胸が高まって、曲が終わる頃には涙が溢れていた。
 
 負けた。完璧に負けた。
 ほんまはわかっとった。どんなに頑張ったって俺の負けやって。
 最初に森で聴いたときから、ほんまは、わかっとった……。
 
 負けたよ、甚。完敗や。


 だけど。
 予選通過者に、甚はいなかった。
 その日は甚と話ができず。翌日、学校で、俺の本選行きと転校が発表された。
 甚は、なんだかしょぼくれているように見えた。
「転校んこと、隠しとったわけやないねん。急やったし、コンクールもあったし、言いそびれてもて……」
「うん、わかってる。それより、本選絶対優勝するんだろうな? 約束しろ。本選で優勝して、全国大会に行って、そこで日本一になるって」
 そして甚は小指を出してきた。
「一番じゃないと、絶交だ」
「わかった。約束。……まあ、甚以上の強敵おるようにも思えんけど」
 甚、ほんまはお前が一番やったのに。俺は確実にお前に負けとったのに……。
「嶋本がいなくなると、つまらなくなるな……」
「甚……」
「俺、ずっと嶋本のこと自慢にするから。約束だぞ。絶対日本一になれよ」
 そして甚はかけていった。
 
 俺は約束どおり本選を優勝して、全国大会でも日本一になった。
 
 甚と再会したのは、5年後のことだった。


『ピアノの森』パロディ

 

<< 100のお題特設ページへ