ロボと心と愛のカタチ 特救編 前編と後編の間の話
非番の日。ロボットは掃除も洗濯も終えると、基地長が来ない時は、暇を持て余すことしかできない。
映像にも音声にもサーモグラフィーにも特に変化はなく、プログラムはそれらのデータをただ淡々と処理していくだけで、何か命令が出るようなことはなかった。つまりこの場合、「暇を持て余す」という表現は「微動だにしない」ということになる。
ロボットだから相対性理論なんてものもなくて、時間が進むのが遅く感じるとか、そんなことも一切ない。部屋に差し込んでくる陽も、移りゆく影も、風の音も、鳥の鳴き声も、外を通る自動車の音も、ただの画像、ただの空気の振動として処理されるだけだから、何の感慨もない。サーモグラフィーも、あらゆる基準でもって異常か異常でないかでわけられるが、日常においてプログラムが異常を示すことはなかった。
ロボットだから特に何も感じないし、何かを考えることもない。もちろん、そんな毎日を退屈とも何とも思わない。
とことん、無だ。
ある日、そんな無の生活に、『cat』というフラグができた。
サーモグラフィーが、小さな熱の塊を映し出した。それだけならよくあることだったが、その熱の塊は庭に入って来たっきり出て行こうとしなかったのだ。映像やその他のデータから、ロボットはその熱の塊を猫と判断した。画像処理を駆使して、種類まで確定する。毛は短くシルバーに黒の斑模様で、少し垂れ下がったアーモンド形の目は淡い緑色をしている。ピンと立った左右の間は少し広く、尾は細く長い。これらから導きされる猫は、エジプシャン・マウ。飼い主にはよく懐き、寂しげな目とはうらはらに好奇心が強くいたずら好きで、賢い猫だ。
猫が庭に侵入することなど多々あった。しかしその猫は庭から出て行かないどころか、ドアの傍まで寄って来て、ミャウと鳴いたのだ。しかも、何度も。だから、プログラムは、ドアを開け猫の様子を見るよう命令を出した。
ロボットが近寄ると、猫は鳴き止んだ。ドアを開けると、足にすりついた。それもしばらくすると、ロボットの周りをグルグルと回りだした。時々ロボットの顔を覗き込むように見上げて、ミャァと鳴いて、グルグルと回る。あまりに長く続くから、しゃがみ、手を差し出すよう命令が出る。猫は次は手にすりついて、膝の上へ乗ると、楽な体勢を探し出した。胡坐をかくよう命令が出る。胡坐をかくと、猫はすんなりと楽な体勢を整えた。体を丸めて、長い尾まで抱え込むようにして小さくまとまった。そして、動かなくなった。目を閉じて、胴体だけが上下する。プログラムはそれを寝ているのだと答えを出した。そして、額から鼻にかけてをなでるよう命令を出した。ついでに、SELECT文も発行された。
三年前の五月十二日に既にこの猫と出会っていること、始めは警戒ばかりされて、懐くのに一年近くかかったこと、猫に愛着を感じるようになったこと、猫が来てくれるのを毎日待ちわびていたこと、この猫をシマと呼んでいたことなど、様々なことが抽出された。ただ、去年の十二月から今年の六月までのデータは、抽出されなかった。プログラムは即座に新たな命令を出した。七ヶ月と今までの矛盾を解決するための命令だ。しかし返されたのは、意味の無い二進数だけだった。こんなときに出る命令は、「ふむ」と声を出すこと。それにより、周囲に「自分は困惑している」と知らせるのだ。しかし家に一人の今、それは空しく響き渡るだけだった。
猫はその日からほぼ毎日現れるようになった。ロボットは、抽出されたデータに従って猫をシマと呼ぶことにした。
「嶋本、最近うちに猫が来るようになったんだ」
「……へぇ、どんな猫です?」
「小さい体にバランス良く筋肉が付いていて、身体能力も高いし、好奇心旺盛で、何より賢い。お前に良く似ている。以前シマと呼んでいたようだから、シマと呼ぶことにした」
嶋本が一瞬うろたえたことに、ロボットは気付かなかった。
