大型で強い台風は、高気圧に阻まれ速度が出ない。
 事件が発覚したのは、羽田が強風域に入ってから半日が経とうという時。リスのケージを掃除しようとした嶋本が叫んだ。
「おらへん!!」
 リスが二匹ともケージから姿を消していた。
「全員で捜せ!!」
 そうして大捜索が始まった。いついなくなったのかはわからない。外へ通じる扉や窓が閉まっていることを確認した後、手分けして部屋ごとに捜索した。どこに入り込んでいるかわからないため、棚の裏、戸棚の中、畳まれた布団を広げてまで確認したが、リスはどこにも見当たらなかった。
「外に行ってしもたんじゃろか……」
「それは一番考えたくないねー」
「もう暴風域に入る」
 この嶋本の声は静かだが響き渡った。
「出てくるの待つしかないやろ」
 そして嶋本は、いつものようにケージの掃除にとりかかった。その後、餌がいつもより多く用意されていることに、普段世話をしない者でさえ気が付いた。嶋本はもう屋内にリスがいないことを確信しているに違いない。雨に濡れて帰ってくるかもしれない二匹に、お腹いっぱいのご飯を用意したのだろう。
 間もなくして羽田は暴風域に入った。訓練された特救隊でさえ立っているのが困難な風が吹く。窓がガタガタ揺れ、バタバタと雨が打ち付ける。台風の中心に近づいて一時雨も風も弱まったが、再び強い風雨に襲われ、そして、暴風域を抜けた。当直交代の時、羽田はまだ強風域の真っただ中で、リスも見つかっていなかった。
「リス見つかったら電話してやる」
 黒岩が言った。
「……、お願いします」
「おう!」
 黒岩は景気づけるようガシガシと嶋本の頭を撫でた。その手を払いのける嶋本の手付きは弱々しかった。当直明けで休みの嶋本のもとに、連絡の電話は入らなかった。
 翌日訓練で基地に出勤した嶋本は、綺麗なままのケージに肩を落とした。水と牛乳を入れ替える。
「クッキーの方だけでええですよ」
 隣に来た真田が餌を取り換えようとひまわりの種に手を伸ばしていた。
「そうか」
「クッキーは湿気るからなぁ」
 呟かれたその言葉がリスにかけた言葉であることに、真田は気付いた。誰よりもリスの無事を願って、同時に、誰よりも覚悟を決めた嶋本に、真田は気付いてしまった。
 真田はクッキーだけ入れ替えると、肩を一つ叩いてその場を離れた。リスを基地中捜し回ったことは真田も人づてに聞いている。そして、すっかり台風が過ぎ去った今もリスは見つかっていない。『見つかったら連絡する』その言葉は今となっては幻想でしかない。真田は、かける言葉を見つけられなかった。
 航空基地から電話がかかってきたのは、嶋本が洋上訓練を終え基地に戻って1時間程経った時だった。
「ああ、嶋本さんですか。富岡です」
「え、富岡さん?」
 嶋本はてっきり五十嵐からの電話だと思い込んでいた。
「五十嵐さん今動けなくて。静かに怒ってますよ。飼い主を呼べって」
「は……?」
「シマリスと、黒っぽい色のリスが、機長の肩に居ついています」
「はい?」
「仕事に支障をきたしてるので追い払ってしまいたい所なんですけど、そちらのリスだと伺いまして、手が出せない状況です。迎えに」
「すぐ行きます!!」
 ガチャンと電話を切ると、嶋本は誰にでもなく言った。
「リスおった!行ってきます!」
 そしてケージを抱えて走り出した。
 航空基地は目と鼻の先だ。全速力で走っていたが、後ろが騒がしくて嶋本は足を止めた。
「お前ら全員で来たらまたびびってどっか行くやろ!」
 当直の隊員達までもが追いかけてきていた。
「真田さんだけでいい。他は戻れ!」
 そして嶋本はまた全速力で走った。
「お疲れ様でーす」
 そろりと航空基地に入ると、富岡が格納庫を指さした。格納庫の隅に五十嵐は座っていた。
「お疲れ様です……」
 リスを驚かせてしまわないよう、小声で挨拶をすると、五十嵐はゆっくりと振り返った。
「早くしてちょうだい」
 静かだが怒気をはらんだ声音に、二人はリスの姿に喜ぶ暇もなかった。
「真田さんはチマをおねがいします」
「了解」
 嶋本はジンジンの方へ手を伸ばす。真田にはチマの方から肩へと登って来た実績がある。しかし嶋本には二匹に触れたことすらろくに無い。だから、まったく自信もない。
 しかしジンジンはすんなりと嶋本の手に移り、捕まってくれ、ケージに入れることができた。さてチマはどうだろうかと真田を確認すると、ちょうど真田の腕に移ったところだった。ケージを差し出すと、チマは案外大人しくケージに入った。
「特救隊は小動物の世話もろくに出来ない集団になったの?」
 五十嵐はそう吐き捨ててその場を去った。嶋本がケージを抱えて立ち上がる。
 特救基地への道のりを、次は走ることはしなかった。ケージを揺らしてしまわぬよう、ゆっくりと歩く。餌やら牛乳やらが散らかったケージを、二匹は落ち着かない様子で物色している。
 小さな小さな二匹が、嵐に負けず生きていた。
 二人は会話をすることなく特救基地へたどり着いた。
 隊員達がケージに群がる。口々に「良かった」「心配したぞ」と出迎える。
 そんな中嶋本は黙々とケージを掃除して餌を取り替えると一人輪から抜け出した。喜ぶ皆を遠巻きに見ている嶋本に、真田は缶珈琲を差し出した。
「良かった」
「ええ」
 嶋本は力なくうなずいて缶珈琲を受け取った。そのまま開けずに弄ぶ。その顔は、どこか浮かない。喜びよりも安堵が大きいのだろうと真田は考えた。
「安心した」
「……奇跡ですよ。生きて、見つかったの」
「そうだな」
「隊長も、生きてて良かったとしか思いませんか」
 隊長と呼ばれたことで、真田は責められていることに気が付いた。
 嶋本には、西海橋でのことが深く根付いている。
「俺は、こんな奇跡、二度と嫌やったんです」
 嶋本は缶珈琲をデスクに置いて部屋を出ていった。
「みんな、対策を考えよう」
 真田はケージを囲む隊員達に声をかけた。
 二度といらぬ覚悟などさせないために。

 

おわり

 


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