片思い
確かにあの人は、顔も良いし頭も良い。口下手やけど協調性があって、判断力も統率力もある。やのに抜けたところがあって、そんな人やから皆から愛されてるんやと思う。
が、しかし……。
が、しかしやで。
だからって俺があの人に惚れるのは、話が別やねん。てか、あり得へんねん。
だって、同性やから。
やからこれは、何か勘違してるんやと思う。
最近阪神の調子がえぇ。こんな時は、大阪に行きたくなる。総手で応援してるあの空気を吸いたくなる。梅田にある、阪神とは全然関係あらへん薬局さえ、試合の日は途中経過や結果を書いた紙をレジに貼っといてくれる。阪神百貨店や一部の商店街や、大の阪神ファンだけが騒いでいるわけやない。「ダメ虎の時の方が応援しようという気になった」とか言うファンがたまにおって、なんとなく寂しい気持ちも分かるけど、ファンなら喜んでやれと思う。ほんまのファンやったら、阪神が調子良ぇだけでやる気も出るっちゅうもんや。
「ご機嫌だな」
突然そう話しかけて来たのは、聞き間違えるはずがない、隊長。体ごと向き直り、返事をする。
「え? なんで分かるんすか?」
「鼻歌が止まないから」
言われてみて気付く。確かに頭の中では、今岡の応援歌が無限ループしてる。昨日の今岡のホームランは最高やった。
「ぅええ? 声出てました?」
「出てた」
そう言う隊長は優しい表情しとって、たまらなく恥ずかしなる。顔の温度が急激に上がるのが自分でもわかるくらいや。
「……き、気を付けます」
「誰も気にとめてないんだ、気にすることはない」
隊長はそう言うと、頭をぽんと叩いて去って行った。
隊長が見えん所まで行くのを確認してから、がっくりとうなだれる。
あかん……。
思春期でもあるまいし、ましてや初めての恋でもあるまいし。やのになんでこない平生でおられへんねやろ。それでなくても最近はボディタッチが増えてきて、触れられる度に動揺してんのに。これじゃあ、平生を装うのもいっぱいいっぱいや。
まだ誰にもつっこまれていないのが救いか。
周りに俺の様子がおかしいなんて知れたら、隊長の耳にもすぐ入ってまう。きっと隊長はすぐにそのことを聞いてくるし、そんなことになったら、答えへんなんてできひん。あの目に捕まってしもたら、逃げられへん。
でも、言うわけにはいかん。
きっと現状すら保たれへんくなる。そんなこと、考えられへん。
──今の関係を失うわけにはいかない。
今日は鼻歌が聞こえてきたから、大丈夫だと思ったのだ。だが、話しかけてみれば驚かれてしまったし、気を使わせてしまった。ここのところずっとこうだ。
気にしすぎなのかもしれない。
意識しすぎなのかもしれない。
いたたまれなくなってすぐにその場を去ったが、やはり控えておくべきだった。
嶋本は俺と接する時、日に日に緊張するようになっている。触れる度に全身の硬直が酷くなってきている。
もしかしたら嶋本は、俺の気持ちに気付いているのかもしれない。でも俺が上司だから、無理をしているのだろう。
そうは思っても懲りないのは、嶋本が笑顔を見せてくれるからだ。突然でなければ、普通に接してくれるからだ。
甘えすぎなんだろうか。
嶋本が横にいてくれないと、俺はすっかり駄目になってしまった。
嶋本が横にいないのはどうもしっくりこないんだ。できるなら、いつだって横にいて、笑顔を見せて欲しい。声を聴かせてほしい。
しかしこの分では、今以上のことなど望めるはずが無い。最初から望みなど無いとわかってはいたが、まさかこんなにも明快な反応があるとは思いもしなかった。かと言って消沈しているわけにもいかない。消沈なんてしていたら、嶋本が心配する。
嶋本は優しいから気を配ってくれるし、責任感があるから公私混同などしないのだ。
わきまえなければならない。
──この感情が恋だなんて言わない。
─贅沢は言わない。
だからせめて、愛しい人を取り上げないで──
(おわり)
