ひっかき傷
嶋本の首筋に、ひっかき傷を一つ見つけた。気になってよくよく見てみると、ひっかき傷は一つではないようだ。背中にかけて多く赤い傷が着いている。
「嶋本。ここどうした」
首元を示して見せるも、嶋本は何を示されているのかすらわからないようで、首をひねった。
「首の辺り、傷になってる」
「え?傷?」
嶋本は首を触って確認する。しかしわからないらしい。鏡を見せると、嶋本は慌てて傷を隠した。
「えっと……。何でもありません」
力なく笑う。傷は隠せても、何かがあることは隠せていない。
「その傷、背中にもあるぞ」
「えっ」
嶋本は慌てて自分の背中を見ようとしたが、見えないようで、自分のしっぽを追いかける犬のようにその場で一周ぐするはめになった。そして
「無いですよ」
しゃあしゃあと答えた。この短時間で動揺が小さくなったのか、平気で嘘を付かれた。
「あるよ、ここに」
直に触って示すと、首をすくめられた。
「ここにも」
服の中に指を滑り込ませると、息の漏れる気配がした。
気に入らない。誰だ、こんな傷を付けたのは。
誰と、そんなことをしたのだ。
嶋本の首元に顔を埋め、所有の印を付ける。
「ちょ、そんなとこ、やめてください」
肩を掴まれ剥がされる。うっ血は少しだけ。すぐに消えてしまう。
「じゃあこの傷は? こんなにある」
「自分で引っ掻いたんです」
「その短い爪でか」
綺麗に短く切りそろえられた爪だ。傷なんて到底つきそうにない。
「誰かと寝たんじゃないのか」
その言葉に、嶋本は観念したように口を開いた。
「真田さんが考えてるようなことはありません。信じてください」
「ではなぜ隠す。やましいことが無いなら話してくれ」
「……やましいこと、あります。だから、話せません」
事に及ぶことなく背中にひっかき傷が付いて、そしてやましいなんて。
「どういうことだ」
「だからそれは話しません」
「なぜだ」
「真田さんが無情だからです」
「無情……」
初めて言われる言葉だった。
無情とひっかき傷がどう繋がるのか。謎が深まる。
「無情は初めて言われた。反省する。いつ無情だった」
「……ジーコ。基地長室から追い出すでしょ」
「あれは職場の話で、基地長が仕事にならないからだ」
「それは正しいと思いますよ。でもジーコからしたら酷いですよね」
拗ねたように言う。
確かにジーコからしたら無情かもしれない。しかひそれとひっかき傷がどう繋がると言うのか。 「まさか、猫に引っかかれたなんて言わないよな?」
「猫ちゃいます」
「じゃあなんだ?」
「……リスです」
「リス?」
「あいつ、服めっちゃ登ってきよるんですけど、肌は滑るみたいで、爪立てられるんです。しかも首の後ろが好きでよくそこから滑り落ちるから、その時にひっかき傷付くんやと」
なるほど。なんとなくわかった。しかし
「官舎はペット禁止だぞ」
言うと、嶋本は呆れたように言った。
「だから言いたくなかったんです」
「あ……すまん」
ジーコのことをもう忘れていた。
「友達の預かってるだけです。真田さんさえ黙っといてくれたら良いんですけどね」
「わかった」
しかしそうとわかれば見てみたいものだ。リスなんて早々見れる機会はない。
「かわりに、そのリス見たい」
「え……。もうすぐ返すから、見るとなると今日しかないですけど」
「じゃあ今から行く」
「それは構いませんけど……。夜行性やからもう寝てるし、起きてまうからうちじゃセックスできませんよ?」
「……やめておこう」
リスとは、なんて厄介な動物なんだ。
(おわり)
