思い出

 

 白色の長ランを翻し、甲子園球場にその声を響き渡らせる。
 真田甚、十八歳。応援団団長。
「次! ドカンと一発! タカオ!」
 その声に、客席の者が配布されたプリントで内容を確認、吹奏楽が演奏を始める。
 
 ドカンと一発! タカオ! いってみよーおーおー 
 弾丸ライナー スタンドへーえー

 客席が一丸となってがむしゃらに応援する中、真田ももちろん必死に応援はするが、冷静に試合見ていなければならない。

 ドカンと一発! タカオ! いってみよーおーおー
 弾丸ライナー
「ヒット!」

 そう。このような場合に、瞬時に指示を出さなければならないからだ。この「ヒット!」の声に吹奏楽は音楽を変え、応援団団員は踊りを変える。
 
 パーパーパー パパラパッパラー ドン! ドン!
 パーパーパー パパラパッパラー ドン! ドン!
 パーパーパ ドン!
 パーパーパ ドン!
 パッパラー パッパラー パッパラー

 また、応援は攻撃のときだけではない。
 相手チームにヒットが出たときや点が入ったとき、ピンチの時にも行わなければならないのだ。応援団は特に。観客と一緒にため息をついている場合ではない。応援をして、味方のモチベーションを上げなければ。
 だから、応援団はずっと気を張って試合を見ていなければならないのだが、今回だけは、真田はどうも集中できなかった。
 相手チームのベンチにいる、小さい元気なのが、どうも気になるのだ。
 控えなのだろう。一度も打席には立っていないが、チームの誰よりも一生懸命応援しているのが見ていてわかる。
 こちらがヒットを出せば、その小さな体を大きく動かして何か叫んでいるし、味方がヒットを打てば、誰よりも大きな動作で「ナイバッチ(ナイスバッティング)」と叫び喜び勇んでいる。
 
 一年生だろうか。
 来年も出てきてくれるだろうか。
 来年は控えではなく、出てきてくれるだろうか。
 来年はこの場から見ることは出来ないけれど。
 来年も出てくれるなら、テレビで、見ることができる。
 
 あ――
 試合が終了して、退場する選手達を見て、真田はひらめいた。
「すまない、先に出る」
 副団長にそれだけを言って観客席を後にする。後ろで副団長が何か叫んでいたが、何を言っているのか脳が理解しようとしなかった。
 誰よりも先に外へ出て、真田は選手専用出入り口へと走った。
ぞろぞろと出てくるナインにまぎれて、あたま一つ分小さい選手を発見した。
 あれだ――
 真田はできるだけ普通を装って歩いた。自分が白色の長ランを身にまとっていることも忘れて。
 そして、
「イテッ」
 ぶつかった。
 尻餅をついたのは、もちろん小さい方で。
 尻をさする小さいのに、真田は手を差し伸べた。
「すまない」
 すると小さいのはようやく顔を上げた。そして
「ゲ」
 と一言鳴いた。
「皮手袋って、変だろ」
 小さいのはそう言いながら自分で立ち上がった。
「援団っつったら、軍手だろ?」
 その言葉に、真田は自分が応援団の格好をしていることを思い出した。皮手袋をはめた手をまじまじと眺めていると、小さいのがもう一声鳴いた。
「次はぜってぇ勝つ!」
 そして、軽やかな足音を残して去っていった。

 翌年、小さいのがいた高校は何か事件を起こしたらしく、甲子園出場を辞退した。
 更に翌年、小さいのがいた高校は甲子園には復活したが、小さいのは見当たらなかった。
 そしてさらに翌年。まだ甲子園予選も始まる前。真田は大学校で勝負をふっかけられた。
 内容は野球。三打席勝負。
 完膚なきまでに叩きのめして、真田は一人打ちひしがれる相手に声をかけた。
「おい!」
 返事はない。
「何もそんなに離れた所にいかなくてもいいじゃないか」
 食堂の、あからさまに真田から離れた席で、相手はカレーをかきこんでいる。そっちがその気なら、と。真田自ら席を移動した。
 相手のまん前に腰掛ける。
「嶋本」
「……」
 嶋本は無視してカレーを食べ続ける。
「お前、千葉出身だろ」
 真田がそう言えば、嶋本はちらりと視線だけをよこして、またカレーにがっついた。
「覚えていないか。三年前、甲子園で。試合終了後、相手チームの応援団員とぶつかっただろう」
「……知らねぇ」
「またお前を甲子園で見れないかと思っていたんだが、まさかここで会えるとは……」
 真田がそこまで言うと、嶋本は突然ガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
「うっせぇんだよ! 俺の前で甲子園の話すんじゃねぇ!!」
 そして嶋本は、食堂から出て行った。
 
 真田は、あの小さいのをもう一度見ることはもうできないのだと思っていたので、勝負をふっかけられた時は驚いた。次第に湧き出てくる喜びを、隠して、隠して、勝負をして。
 なぜだか怒らせてしまったけれど、これからもあの小さいのを見ることができるのだと思ったら、なんだかとても愉快な気分になった。
 その後真田から話しかけても無視ばかりだったが、嶋本は毎日毎日何かしら勝負をふっかけてきたので、真田は構わない事にした。

 そういえば、あの時も言っていたな――

「次はぜってぇ勝つ!」

(おわり)

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