パーツ

 

 声が聞こえないと物足りないんだ。
 姿が見えないと、心にぽっかり穴が空いたように覇気がなくなるんだ。
 いつからか、俺の横にはいつだってお前がいて、何を言わなくともお前は俺の考えを汲み取ってくれるようになった。
 最早「俺」という人間は、お前無しじゃいられないよ。

 俺はお前のそんな存在になれているかな? 嶋本――

 八月。新人隊の訓練が始まると、教官を任された嶋本は殆ど羽田基地に姿を見せなくなった。去年も一昨年もそうだ。それで去年の今頃、気付いたことがある。
 嶋本がいないと、どうも仕事がはかどらない。
 もちろん嶋本は俺のことを誰よりも察し動いてくれるが、それだけじゃない。
「どうしたんですか真田さん。ほとんど進んでないじゃないですか」
「ん? ああ……、どうもいけないな」
 嶋本の声はすっかり俺の中でBGMになってしまっていて、聞こえてこないと姿をさがしてしまう。聞こえていても、目の端では声を頼りに姿をさがしていて、そんな状態でないと集中できなくなった自分が可笑しくなる。
「きちんとしてくださいよ」
 高嶺にしては珍しく呆れた様子の声だ。「シマが責任を感じてしまいますから」と言いたいのだろう。嶋本は自分がいない間俺のことを高嶺に任せたらしいから、嶋本が戻ったときに今の状態でいることを危惧しているに違いない。
「わかってる」
 そう答えてパソコンに向き直れば、高嶺はまだ信用していない様子を覗かせながらも自分のデスクへと戻っていった。
 嶋本が俺のことを考えてくれていることは嬉しい。しかしこれでは信頼されていないみたいで、些か悲しくなる。仕事がはかどらないのだ。自業自得だとは思うが、全ては嶋本、お前を想っているからなんだ。

「隊長、書類が山積みやないですか」
 嶋本が、防基から戻るなり俺のもとへやってきて言った。
「ああ、どうもはかどらなくてな」
「俺にできるのあります?」
「いや、自分の仕事をしてくれてかまわない」
 自分のデスクにも行かずに真っ直ぐにこちらにやってきたから、てっきり自分のことは後回しにしているのかと思った。
「無いからゆうてんですー。高嶺、俺の仕事まで全部やってんですよ。どんだけ手際良いんだか」
「そうなのか? では、お願いしよう」
「ほな、急ぎのやつから持っていきますね」
 そう言って書類を何枚か持っていく。その後ろ姿を眺めていると、高嶺が呆れたような顔でこちらを見ていた。こうなることを予想して嶋本の仕事をしてくれたのだろう。軽く会釈をしてみせれば、一層呆れたような顔になった。

 嶋本が戻ってからの仕事の進み方は速かった。
「このペースやのにあんだけ残ってたやなんて、仕事相当多かったんですねぇ」
 終えた書類を持ってきた嶋本がそう言った。まだ手伝ってくれるつもりだったのだろう。
 まさか、嶋本がいないとはかどらないだなんて言えない。でも、嶋本は嘘をすぐ見破ってしまうことも知っている。こんなときは、言い方を変えてしまえば良い。
「そういうわけではないんだが……。こんなに早く進むのは、嶋本のおかげだよ」
「またまた〜!」
 そんなこと言っても何も出ませんよ、と言う嶋本は、疲れを感じさせないような笑顔だ。
 通常業務を行って、新人隊をみて。責任感が強く優しい嶋本のことだから、気疲れしてるに違いないのに、決して笑顔を絶やさない。
 だから惹かれたのかな。と、笑顔を見るたびに思う。

 嶋本が基地内を行き来する。
 嶋本の声が響き渡る。
 呼べばすぐ返事をしてくれる。
 駆けつけて、笑顔を見せてくれる。
 必要とするときは横にいて、何を言わずとも動いてくれる。

 素晴らしい職場で、素晴らしい部下に出会えた。俺は幸せ者だと思う。
 ただ、一つ欲を言うならば。

 嶋本。
 俺はお前にとって欠けがえの無い存在になりたい。




(おわり)

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