隊長
ふと目を覚ましたら、横で寝ていたはずの真田さんが、上体を起こして静かに泣いていた。
はらはらと流れ出る涙がひどく綺麗で、凄く似合っている。
声をかけることも上体を起こすことも忘れて、しばらく見とれていた。
はっと我にかえって、この愛しい人のために取るべき対応を考えたけれど、なんせこんなこと初めてだから、しばらく様子を見ようと思った。
泣いている姿なんて、見られたくないかもしれない。
すぐに泣きやんで、また布団に潜り込むかもしれない。
しかし真田さんの両目からは、次々に涙が溢れて止まらなかった。
上体を起こして、真田さん、と声をかければ、真田さんは涙をぬぐいもせずに振り向いた。
軽く両手を広げれば、真田さんはふわりとそこへ入ってきた。ぎゅっと抱きしめると、真田さんも少し力を加えてきた。
泣いている理由を聞こうとは思わなかった。ただ、真田さんの心が一刻も早く穏やかになれば良いと思った。
真田さんの背中を、軽く、ぽん、ぽん、とゆっくりたたく。
真田さんは鼻をすんとすすると、ゆっくりと話し始めた。
「不安で、押し潰されそうになる」
「不安?」
「……神兵なんてもてはやされて、期待されても、嬉しくない」
「……なぜ?」
「今まで一人の死者も出さずにすんでいるのは、みんながいたからだ。俺ひとりの手柄じゃない」
「……」
「それなのに、隊長に昇格させられて、隊員の命まで任された」
「……」
「自分と要救助者の命だけで精一杯なのに、皆を守れるだろうか」
真田さんはそこまで話すと、また鼻をすんとすすった。
驚いた。
まさか不安を抱かないとは思っていなかったから、真田さんが不安を抱いていることに驚いたわけではない。真田さんが、これ程までに、涙する程に、不安を抱いていることに驚いた。
5年以上の付き合いだ。真田さんが、負けず嫌いですぐむきになることを知っている。無表情かと思えば、結構満面の笑みを見せることを知っている。案外感情的であることも知っている。でも、何事もけろりとこなしてきていたから、生じる不安も、実力でねじ伏せられるのかと思っていた。
でも、確かに、自分が同じ立場になったら、戸惑うだろう。素直に隊長昇格を喜べないだろう。
だって、まさかこんなに早く隊長になるとは思っていなかったに違いない。まだまだ他の隊長の姿を見て学びたいことがあったに違いない。一隊員としても、多くの現場を経験したかったに違いない。そんな、まだまだこれからだと思っていた矢先に、隊長を任されるなんて。隊員達の命をあずかるなんて。
どんなに不安で、どんなに心細いだろう。
でも、真田さんは、不安のあまりに疑心暗鬼になっている。
自分の命を守ってこその救助も、
「そこまで、不安になることないと思いますよ。皆、自分の命は自分で守りますし」
特救隊が、信頼で結ばれていることも、
「信頼している隊長の指示やから、俺達は迷いなく現場に出られる。自分の命を守ることができる」
わざわざ、特救隊がリスクを背負うような真似をしないということも、
「真田さん、神兵と呼ばれる程の人やから、隊長を任されたんやと思いますよ」
隊長を任されることが、どんなに誇り高いことかも、
「誇らしいことやないですか、隊長昇格」
それから、俺が、どれだけ真田さんの隊長昇格を喜んでいるかも、
「俺は誇りに思います。嬉しい、真田隊長の下で働けることが」
疑ってしまっている。
隊長という肩書きを、頑なに拒んでいる。
「隊長」
「……」
「ねえ、隊長」
「……」
「真田隊長」
「……なんだ」
返事を聞くと、体を離した。真田さんの涙はまだ止まっていなかった。でも、止まりつつはあるようだ。
目を見て、もう一度呼ぶ。
呼び名は、『真田さん』ではなくて、隊長。
「隊長」
「……なんだ」
「俺は、必ず生きて帰ります」
「ああ」
「他の隊員も。必ず生きて帰ります」
「ああ」
「だから、不安になる必要なんてありません」
「……ああ」
真田さんの返事は、まだ渋々といった感じだ。
両手を真田さんの頬へやり、親指で涙をぬぐう。真田さんはされるがままだ。
涙を拭った両手を頬に置いたまま、でも、次はしっかりと目を合わせる。
信じられないなら、信じられるものを作るだけだ。
「……隊長、約束しましょう」
「約束?」
「必ず生きて帰る、と」
「必ず……生きて、帰る」
「ええ、皆で」
「皆で?」
「ええ。隊長は、上から偉そうに指示することに集中しとってくれたらええです」
「偉そうに?」
「ええ。堂々としとってください」
「堂々と……」
「指示したら、後は俺に任せてください。隊長の指示やったら、確実にこなせます。他の隊員にも、確実に遂行させてみせます」
「それは……、心強いな」
真田さんはようやく、少しだけ笑顔になった。
「でしょ?」
「ああ」
「やから真田さんは、胸をはって隊長やっとったらええんです」
「そうか」
「ええ」
ただ、これだけは、真摯に受け入れてもらわなければならない。
「真田さんが神兵と評され、隊長に昇格したのは、決して象徴的貧困からなんかじゃない。隊長になるべきやから、昇格したんです」
「……うん」
返事の間は悪かったけれど、どうやらきちんと自分の中に吸収してくれたようだ。
「隊長」
「なんだ」
「隊長」
「なんだ?」
「不安は和らぎましたか? 新米隊長」
「ああ。……すまないな、これではどちらが隊長かわからない」
「何言うてんすか。隊長支えるんが、副隊長の仕事やないですか」
言えば、真田さんはようやくいつもの笑みを見せてくれた。
「俺は良い部下を持ったな」
きっと、もう真田さんの泣き顔を見ることはないだろう。
まさか、それを残念になんて、思わない。
だって、あの泣き顔は、あまりに現実味がなかったから。
(おわれ)
