手をつなごう

 

 朝。着替えを終え下りて来た真田と高嶺を見て、嶋本は飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。
 二人は、手を繋いでいた。
「何が起きたんですか?」
 嶋本が聞くと、真田はまるで手を繋いでいる事に今気付いたように「ああ」と言って手を離した。そして高嶺にありがとうと言うと、いつものようにデスクに着いた。
 真田では話にならない。嶋本は高嶺に目配せで聞いたが、高嶺もよくわかっていないらしかった。
 そのよくわからない行動は、それだけでは終わらなかった。朝の体操へのちょっとした移動でも、真田は手を繋ぎたかったらしい。
「安堂、手を繋ごう」
「は?」
 驚いて固まってしまった安堂に、真田は「そうか」と無理強いすることはなかった。しかしその様子が酷く寂しそうで、嶋本はどうしたもんかと天を仰いだ。
 体操が終わり、さぁ戻ろうという時も、真田はそわそわしていて、嶋本はとりあえず、ひとつだけ理解した。
 とにかく手を繋ぎたいのだ、この人は。
 皆の後ろ姿を寂しそうに眺める真田に、嶋本は手を差し伸べた。
「隊長」
 差し伸べられた手に驚きつつも、真田は嬉しそうに手を取った。
 しっかりと手が繋がれたのを確認して、二人は短い道のりを歩き出した。
「何がしたいんすか」
 嶋本は聞いた。
「手を繋ぎたいんだ」
「いや、だから。手ぇ繋いで、どうしたいんすか」
 すると真田は「ふむ」と考え込んだ。
 しかしあっけなく手を離す時が来て、嶋本は結局答えを聞けなかった。
 ぱっと離された手に真田は驚いた。自分のデスクの前まで来ていたことに、全然気付いていなかったのだ。
「では」
 それだけを言うと嶋本は自分のデスクに着いた。
 その後嶋本は様子を覗っていたが、真田は他ではいたって普通だった。現場へ出動する時は流石に手を繋ぎたがったりはしなかった。
 しかし、帰りのヘリではそわそわしていた。ヘリを降りて、誰に声をかけるのかと思えば、真田は誰にも声をかけなかった。いそいそと操縦席側へまわると、降りんとする五十嵐に手を差し伸べていた。
 五十嵐は一瞬ぎょっとしたようだったが、優雅に手を取り降りていた。
 美しい光景だった。
 ただし、二人がオレンジを着ていなければ。乗り物が、ヘリではなくリムジンだったならば。
「ありがとう」
 五十嵐がお礼を言うと真田は「いや」とだけ言った。
「どういう風の吹き回し?」
 五十嵐が聞くと、真田はやはり「ふむ」と考え込んだ。困った五十嵐の視界に、嶋本がいた。そそくさと行こうとする嶋本を、五十嵐は呼び止める。
「シマ」
 空いている方の手で手招きをすると、嶋本は速やかにやってきた。
「何がしたいの?」
 五十嵐が聞いた。
「手を繋ぎたいみたいです」
 嶋本は答えた。
 すると、真田はその声に、嶋本が来ていることに気付いたらしかった。そして、嬉しそうに言った。
「嶋本も、手を繋ごう」
 朝自ら手を差し出した手前、嶋本には断ることができなかった。
 三人は、真田を真ん中に手をつないで短い距離を歩いた。
 五十嵐を送ると、二人は基地までの短い短い道のりを手を繋いだまま歩いた。
「で、手を繋いで、どうしたいんですか」
 嶋本は朝の続きを始めた。しかし真田はやはり、「ふむ」と考え込んでしまった。
「ほんなら、経緯は? 手を繋ごうと思った、経緯」
 すると真田は「ああ、」と声を出した。
「テレビで見たんだ。街の人と、手を繋いで少し歩くだけのコーナーだった」
 思い出して、言葉を探しながら話しているのだろう。真田の歩調が緩まった。半歩前に出てしまったのを、嶋本は様子を覗うことで揃えた。
「手の温もりや柔らかさ。握る強さ。そんなことから、その人のことがわかるようで」
「……」
「そうだな、胸の辺りが熱くなったんだ」
 記憶を適切に表現できたのか、言葉尻が少し明るくなった。真田はまっすぐ前を見ていた。
「へぇ」
「うん」
 真田は嬉しそうに頷いた。経緯を話して満足したのか、真田の話はそこで終わった。まだ、嶋本のそもそもの質問に答えられていない。
「で? やってみてどうです?」
 おそらく、真田の意図するところはそこなのだ。そして嶋本の知りたいことも。だから嶋本は聞いた。
「高嶺の手ぇは?」
 聞くと、真田は少し考えたようだったが、答えた。
「ごつごつしていた」
「でしょうね」
「だけど、握る手は優しかった」
「でしょうね」
「うん」
 救急救命士たる優しい高嶺のことだから。想像にたやすい。
「機長は?」
「細くて、小さくて、びっくりした」
「へぇ」
「ところどころマメができていた。……頭が上がらないな」
「ええ」
 厳しくて、女性にしては背の高い人だから、手が小さいというのは意外な気がした。だけどそうだ。五十嵐は、嶋本もかつて恋した、女性。そして今は、尊敬して信頼を寄せる機長。文字通り、頭があがらない。
「シマは、」
 そして珍しく真田から話をしたと思えば自分のことで、嶋本は返事ができなかった。
「安心する」
「……」
「だから、朝、ぱっと離されたとき、心細くなった」
 歩みが止まった。ちょうど基地の前だ。だけど真田は手を放さない。じっと、握ったままの手を見つめる。
「隊長がそんなんでどないするんですか」
 言って嶋本は、握る手をぎゅっと強めた。あげられた真田の顔が情けないものだったから、嶋本はわらった。
「信頼されてるのんは、嬉しいですけどね。俺たちの繋がりって、そんなもんやないでしょう」
「……」
「隊長の手ぇは、ちゃんと頼もしいですよ」
 今はなんや頼りないけど、と付け加えれば、真田の握る手に力が加わった。
「ありがとう」
 そして、真田の方から手がはなされた。
 ニッと笑う事で嶋本は返事をして、片付けの輪に加わった。

「手をつなごう」
 テレビを見ていて胸のあたりが熱くなった理由がわかった気がした真田は、その後基地の者皆と手を繋ぎたがった。
 ほとんどの者に驚かれて手を繋げず寂しい思いをしたことは、言うまでもない。

 

(おわり)

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