梅雨
それでなくてももやもやしていた。
体が思い通りに動かなくて、思い通りに成長しなくて。失敗してばかりの訓練に、焦りを覚えて、歯がゆくて、悔しくて。
今年の梅雨は日本らしい梅雨らしい梅雨だと思っていたら、ゲリラ豪雨に、ゲリラ雷雨だ。ゲリラ豪雨だって一昨年くらいから聞くようになった言葉なのに、なんだ、ゲリラ雷雨って。30年近く生きてきて、最近初めて聞いた。去年は『雷を伴うゲリラ豪雨』と呼ばれていたはずだ。
空がカッと光って、5秒程後にバリバリバリと大きな音が聴こえてきた。
デカイな、と、現実逃避みたいに思ったら、真田さんがもう一度言った。
「お前に必要なのは俺だ」
また空がカッと光った。よく落ちる。次はすぐにバリバリと音が聴こえてきた。
「は?」
それでなくてももやもやしていた。そこへそんなことを言われたら。怒りしか湧いてこない。
俺は一人では何もできないと言うのか。
しかし真田さんはひとり頷いて「間違いない」とのたまった。
「それが失敗を繰り返してる者にかける言葉ですか」
怒りのままに言った。すると、真田さんは僅かに首を傾げた。
「そんな話はしていない」
「は?」とまた言いそうになって、慌てて飲み込んだ。怒りで一つの事実が吹っ飛んでいることに気が付いた。
こいつは、ロボだ。
唐突におかしなことを言うのだ。もう、10年近い付き合いなのに、そんなことも忘れてしまうなんて。
いや、そんなことすら忘れてしまうくらい、今の俺には失礼な発言をしたことを、指摘されてなお気付けないロボもどうかと思うが。
「嶋本の能力を最も引き出せて、最も使いこなせるのは俺だ」
使いこなすとはなんだ。今日のロボは、どうも地雷を踏むことにタスクを回しているらしい。
「意味が分かりません」
相手はロボだと自分に言い聞かせて、なんとか怒りを抑える。
「訓練を見ていて思った」
「失敗続きの訓練をですか」
「だから今そんな話はしていない」
なんとか怒りを抑えるものの、もやもやが飛び出してしまう。ひとつ息をついて、改めて話を聞く態勢になると、真田さんは待ってましたとばかりに口を開いた。
「これまでの訓練や実践を見て、何度も思った。断念してきた方法を、嶋本とならば行える」
出動した全ての海難で救助を成功させてきた人物の言葉だ。喜びが湧き上がってきたが、それはすぐに止まった。
「それって……、俺に必要なんが真田さんやなくて、真田さんに必要なんが俺ちゃいます?」
言ってることがちぐはぐしている。
しかし真田さんは「違う」と言った。
「これまで断念してきた方法は、嶋本だからこそできるんだ」
「ええ。だからそれは、俺に必要なのは真田さんって、なりませんよね?」
「なる。嶋本でなければできないことなんだ。だから、」
「いやいやいや、だから、じゃないでしょう。それはもう、真田さんに必要なのが俺でしょう」
「……そうとも言える」
なんだこのやり取りは。そしてなぜ真田さんは若干元気をなくしているのか。全くもって失礼な話だ。
「どう言えば伝わるのか……」
そして真田さんはまだ諦めていないらしい。
カッと外が光った。ゴロゴロゴロと今日にしては弱めの音がなった。
「俺が最善と考える方法には、嶋本がかかせなくて、それは、嶋本の能力を最大限引き出したものなんだ。俺なら、嶋本の能力を無駄なく使える。嶋本が能力を最大限に使い役に立ちたいなら、俺が必要だ」
強い光と同時にピシャン!と雷が落ちた。
あまりの音の大きさに思わず肩をすくめる。
「でっか」
呟いて顔を上げると、真田さんはまっすぐにこちらを見ていた。
「お前に必要なのは俺だ」
「そうみたいですね」
同意すると、真田さんは満足そうに頷いた。
「でも、真田さんに必要なのは俺ですよ」
「ああ」
また空がカッと光った。
だけどいつまで経っても音は聴こえてこなかった。
(おわり)
