どうする?

 

 ヒヨコ隊を除隊になってからというものの、俺は日増しに腹黒くなっていっている。
 それでも最初は良かったんだ。何をしなくとも皆が勝手に集まって来てたから。だけど、俺のおずでの船上勤務をきっかけに皆来なくなって、ヒヨコ隊卒業と共に皆がバラバラになることなんて、簡単に想像できた。
 だから、少しずつ、少しずつ、手を打ってきた。
 人は理由を述べられた上で頼み事をされたら、断れない傾向にある。例えそれが、「俺ちょっと寝たいから、替わりにコレやってくれない?」というようなものでもだ。俺はそれを利用して、できる限り毎日、大羽と電話で話した。その内容が薄くて、通話時間も短いから、大羽は毎回電話に出てくれた。そしてそれは、好意へと繋がり愛情へと変化する。好意というものは、僅かな回数だけど長時間時間を共にするより、短時間でも毎日時間を共にする方が深まるらしい。
 そして最近、何かを仕掛けなくても、大羽から電話がかかってくるようになった。その電話をきっかけに、二人で会うことだって多くなった。

 多分、もう落とせてるはずなんだ。

 だけど大羽は、ためらっている。
 押して駄目なら引いてみろなんていうけれど、元々たいして押してないから引くのは自殺行為だ。揺さぶりをかけてみても良いが、男にそんなものが通用するだろうか。

「良いキャベツが手に入ったんじゃ。お好み焼きしようと思うんじゃけど、どうじゃ?」

 イライラする。
 大羽は、拒んでいる。

「今日は、気分が悪いから。やめとく」

 本当は、押しかけて押し倒したって構わないんだ。大羽が自分の気持ちを認めるなら。でも大羽は、自分の気持ちを認めることを頑なに拒んでいる。
 まさか、自分の気持ちと向き合おうとすらしないなんて、思いもしなかった。
 そのくせ近付いて来るんだから、質が悪い。

 さっさと認めて、悩めばいい。
 悩んで、悩んで、途方に暮れた頃、俺が折れるのに。

「そうか……」
 大羽の声のトーンが下がる。
「ひとりで、大丈夫か?」
『気分が悪い』をどう受け取ったかはわからないが、そう聞いてきた大羽からは、僅かに動揺が伺えた。

 まさか断れるなんて思ってなかった?
 そうだといい。動揺して、なんで動揺してるのか、考えればいい。

「大丈夫」

 そして早く、認めればいい。

「そうか」
「うん」
「……」
「じゃあ、切るよ」
「ああ……。あ、星野」
「何?」
「……いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ。じゃあ、またな」
「また」

 大羽、今頃考えてる?なんで呼び止めたのか、何を言おうと思ったのか。
 また、心当たりに気付いて、それを認めることを拒んでない?

 ピンポーン

「はーい。って、あれ??」
「なんじゃ、本当に大丈夫そうじゃの」
「……」
「そのぉ……。電話の時は、もうここにおったんじゃ」
「だろうね」
「まさか断られるとは思わんで。材料もあるんじゃけど、駄目……か?」
 大羽は袋を掲げて覗き込んでくる。イライラをぶつけてしまわないようにと断ったのに、吹き飛んだ。
「しょうがないなぁ」
 どうぞ、と言って袋を受け取る。大羽はすまんのうと言って靴を脱いだ。
「それにしても、こんな短時間で気が変わる様なことで断られたんか、ワシは」
「うん。ショック?」
「んー、ちとショックじゃけど、断られたことにじゃのうて。そがぁにワシァ頼りないんかのう、て」
「?」
「星野は、みんなのことばっかりで、自分のことはほったらかしじゃからの。どんな些細なことでもええ、誰かに頼ったらええんじゃ」
「そうかなぁ」
「そうじゃ。ワシもおる。力にはなれんかもしれんが、話聞いちゃるくらいはできるし、話しとうないんやったら、傍におるくらいはできる。……ワシは、そんな存在にはなれんか?」
 大真面目な顔をして、嬉しいことを言ってくれる。でも、純粋にそう思うだけなんだろう。
「大羽……」
「ん?」
「まるで告白みたいに聴こえるんだけど」
 茶化すようにそう言えば、大羽は顔を真っ赤にした。俯いて、こぶしを握る。

 そうだ。そうして意識すれば良い。人間は、意識すると勘違いする生き物だから。

 すると大羽が、ためらいがちに口を開いた。

「告白じゃったら、どがぁする?」

 予想外の返答だった。
 まさかこんなことで気持ちを認めるとは思ってもみなかった。これまでだって、遠まわしにではあるが気持ちを認めさせることはしてきたのだ。それが、こんな冗談めかしたものであっさりと認めるなんて。

「えっと、びっくりする」
 動揺を隠せないままそう言えば、大羽の拳を握る手に力が入った。
「……じゃよな」
「そんな、ためらって聞かれたら、真に受ける」
 大羽は俯いたまま、顔を上げない。
「大羽」
「……」
「こっち見てよ、大羽」
 しかし大羽は目を合わせようともしない。手を取り引き寄せ、口付ける。
 大羽は拒否しなかった。
 そっと唇を離して伺えば、大羽は現状を理解出来ていないようだった。驚いたような顔をして、ただ、真っ直ぐに俺を捉えた。
「俺の気持ちには気付いてなかった?」
「えっ、」
聞くとようやく理解できたようで、口を片手で覆った。
「大羽のこと、ずっと、好きだったんだ。あ、これは過去形じゃなくて、現在完了進行形ね」
 大羽の顔が少し赤くなる。
「大羽、俺は自惚れてもいいんだよね?」
「……ああ」
 言って大羽はまた俯いた。

 愛しい。
 愛しい。

 両想いだとわかった途端、想いは際限なく膨れ上がり始めた。ちっぽけな自分からなんて、容易く溢れ出す。世界は一気に色も輝きも増して、きっと、夢のような世界とはこのことを言うに違いない。
 気付いた時には抱き寄せていて、いつの間にか落とした袋からこぼれたキャベツだけがぽかんと現実味を帯びていた。
 肩に顔を埋めたその姿が、たまらなく可愛い。背中に回された腕が、たまらなく嬉しい。

 どうしよう。

「どうしよう、大羽」
「ん?」
「想いが、溢れて止まらない。このまま出尽くさないか、心配」
「おまっ」
「すき。すっごいすき。もどかしいくらいすき」
「もどかしい?」
「うん、もどかしい。今ね、想いが、すごい膨れ上がってる。この想いがそのまま伝わればいいのに」
「っ、そうか」
「うん」
「‥‥ワシもじゃっ」
 言うと大羽は、がばっと体を離した。そのまま背中を向ける。
「え?」
「わかっとる癖に、言わすな!」
「ええ〜。わかんないよ。何? 言って!」
「嫌じゃ!」
「言ってってば!」
「嫌じゃ!!」
 頑固な大羽の正面に回りこむ。瞳をしっかりと覗き込んで、自分の言葉くらいはまっすぐ聞かせるようにする。
「俺まだ大羽の気持ち聞いてない。ちゃんと言って?」
 すると大羽は、渋々と口を開いた。
「ワシも、星野が好きじゃ」
「うん」
「たまらなく好きじゃ」
「うん」
「じゃから、そがぁな顔、するな」
「……どんな顔?」
 そう言い終わる前に、大羽に急に抱き寄せられた。大羽は頭を胸に抱え込むようにして抱きしめてくる。
「そがぁな顔じゃ。……止められんくなる」
「何を?」
「……自分を」
「止めなくていい。俺はもう、止められない」
 言って顔を胸から離す。おでこをくっつけ、言葉を続けた。

「お好み焼き、後回しでいい?」

 可愛い、可愛い、大羽。思惑通りどころか、思惑以上の反応をしてくれる。
 こんなに巧く事が運んで良いのかな。
 一度痛い目にあわないと、俺はどんどんどんどん腹黒くなっていくよ。
 ああ、でも俺をここまで腹黒くしたのは、大羽なんだっけ。

 いつか後悔する前に、きっと俺を止めてね。


(おわり)

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