わずらう 1
最近真田がおかしい。仕事に取り組んでいれば普段通りだ。しかし、ひとたび休憩時間等に入ってしまうと、スイッチが切れるのか変なスイッチが入るのか、神兵はその姿を消す。今も黙々とウェットスーツの塩抜きをしている。過ぎたるは猶及ばざるが如し。今の真田からは、そんな言葉も抜け落ちてしまっているようだ。
嶋本は外でしゃがみ込んだ真田を見遣り、こっそりため息をつく。
あれじゃ、ただの壊れたロボットや。
「高嶺さんは何か聞いてます?」
「何かって?」
言外に脈絡が無いことを示すその返事に、嶋本は自分が少なからず動揺していることに気づく。
「最近隊長の様子がおかしいことについてです」
「聞いてませんね。シマは何か聞いてないんですか?」
高峰はお茶を酌む手を休めずに言うと、溜め息混じりに「聞いてません」と答えた嶋本に湯呑みを一つ渡す。
「うちのマシンも困ったものですね」
「ほんまや」
「うちが誇るインタプリタにも理解できないことがあるなんて」
「インタプリタ?」
「まぁざっくり説明すると、高水準言語の命令を翻訳してくれるもののことです」
ほお、と呟きお茶をすする。
「翻訳も何も、命令が無い状態やから困ってるんです。命令を仰いでも、今の状態やったら返ってくるんはエラーメッセージだけや」
「飲みにでも誘ってみたらどうです?」
穏やかに、恐ろしいことを言う。流石の嶋本も、壊れたロボットと飲みになんて行きたくない。
「会話が成り立たへんのにですか?」
「シマなら大丈夫ですよ」
「そうは言うても、俺はしがないインタプリタですからね。インストーラがおればええんですけど」
ニヤリと嶋本が言うと、高嶺はやれやれと答えた。
「しょうがない。約束はシマが取り付けて下さいね」
言えば嶋本は、高嶺が淹れた新しいお茶を手に外へと駆けて行った。
真田のすぐ後ろまで行くと、嶋本はあえて立ち止まり声をかけた。
「隊長」
しかし真田は微動だにしない。ここのところずっとこうだ。毎回、今日こそは、と少しの期待を込めて真田を呼ぶが、それに応えられたことは一度も無い。肩に手を置き、もう一度声をかける。
「隊長」
すると真田ははっと我に返り、しゃがんだまま嶋本を振り返った。
「ああ、もう終わりか」
「いえ、休憩時間はまだあります。お誘いです」
言ってお茶を渡す。
「お誘い?」
「ええ。今夜、空いてます?」
「今夜か……」
真田はおかしくなったのと同時に、人付き合いも悪くなった。少なくとも嶋本は、こうなってしまった真田とは一度も飲みに行けていない。だから今日は、打つ手も考えてある。
「ちゃんぽんの美味しい店見つけたんですけどね。空いてないなら……」
「いや、…………行こう」
「ほな決まりですね」
いつものようにちゃんぽんに目を輝かせない真田のことはいっそ放っておいて笑顔で言うと、嶋本は基地内へと戻っていった。
笑顔を自然に出せなかった。その事実は小さなトラウマとして嶋本に住み着いた。
