わずらう 4
──最悪や。
ひとりでふてくされて、ひとりでいたたまれなくなって、挙句には逃げ出すような真似をして。真田を困らせて。でも、今は傍にはいられなくて。
笑顔を出せないのは、後ろめたさだけではなかった。押し殺している感情に、心が痛むからだ。でもそれを認めるわけにはいかなくて、認めてしまってはより心が痛むに決まっていて。吐き出すこともかなわなくて。それなのに、心を痛める対象は目の前で純粋に綺麗に微笑んでいて。自分はまるで汚い生き物の様で。
だから、近くにはいられなかった。嶋本はこの純粋な人を、自分の横で汚したくなかった。
早よせな、隊長絶対追いかけてくる。
「……しっかしここ、どこやねん」
今日は昼間誘いを受けたときから舞い上がっていて、道を覚える余裕など無かった。症状が悪化したロボと二人きりだなんて何を話せばいいかわからなくて、とりあえず早く着けば良いのにとそればかりを考えていた。
静かなこの通りは人通りも車の通りも殆どなく、道を聞こうにもコンビニさえ見当たらない。夜空を360度ぐるりと見渡し、明るい方へと進む。大きな通りに出てタクシーを拾うことに決めた。
とぼとぼと歩いていたら背後から軽快な足音が聞こえてきた。ジョギングにしては速いペースだ。確かめなくとも真田だとわかる。嶋本は振り返ることなく走りだしたが、真田にかなうはずがなかった。
後ろから左手を強く引かれ、その勢いで対面する形になる。強い瞳に捕らえられて、慌ててうつむく。握られたままの左手が視界に入ることさえいたたまれない。手を抜こうとするが、思ったよりも強く握られている。
「放してください」
「嫌だ」
「お願いですから」
「放したら逃げるだろう」
「……逃げませんから」
すると真田はゆっくりと力を緩めていった。脱力していた嶋本の左手はだらしなくぶらりと垂れ下がった。
「本当に、何かあったわけじゃないんだな?」
「はい」
「じゃあ、俺が何か言ったか?」
「いいえ」
「それなら、何故急に帰るだなんて言い出したんだ」
「…………」
「嶋本」
嶋本、と呼ばれてしまっては逆らうことができない。嶋本は顔を上げ、怖ず怖ずと口を開く。
「……自分が情けなくて。恥ずかしくて、この場にいたないんです。一人になりたい」
「そんな寂しいことを言うな。俺は最近嶋本と仕事でしか話をしていなくて、毎日が酷く物足りなかった。俺は、嶋本といたい」
真田の言葉は強く、嶋本は目を見張った。
「最近嶋本のことばかり考えている自分に気付いて、それからずっとそれが何故なのか考えていた。俺には嶋本の存在は当たり前で、なくてはならないんだ。でも、だからこそ接し方がわからなくなって、心配をかけて。……嶋本がどこか遠い人のようになってしまったから、今日慌てて呼び止めた」
そこまで言うと真田は、眉尻を下げて自嘲するような表情になった。
「昼間は、当たって砕ければ良いと思ったんだがな。やっぱり、それは嫌だ」
何の話だと目で問うて来る嶋本に、真田は一つ前置きする。これは本来同性に抱くべき感情ではないから、嫌ならすぐ忘れて欲しい、と。
「嶋本のことが、好きなんだ」
嶋本は大きな目を零れそうな程に開く。そしてぼそりと呟いた。
「有り得へん」
「……そうか。では」
忘れてくれ、と言おうとした真田の声に嶋本の声が重なる。
「同性やのに、それだけで断られるに決まってるのに、なんで、告白できるのか理解できひん」
しかし嶋本は笑顔だった。
久方振りに見せるいつもの笑顔。
ようやく出せた、いつもの笑顔。
しかしその笑顔こそ真田には理解できないようで。
「まさか同じことで悩んでたやなんて」
言えば真田は一瞬驚いたような顔をしたが、見たことも無いような優しい笑顔になった。
最近、真田と嶋本がおかしかった。どうしたものかと考えあぐねていた高嶺は、翌日ケロリと元に戻った二人を見て、こっそりとこれまでの気苦労を仕返す計画を立てたのであった。
(おわり)
