わずらう 3

 

 静かにクラシックが流れる店内は落ち着いた証明に彩られ、薄暗いことなど気にさせない。お洒落なバーになど免疫の無い嶋本は、とりあえず今来ている服がジャージではないことにいくらか救われる。しかし所在無いことには変わりなく、出されたカクテルをちびちびと飲むことしかできない。真田はと言えばカクテルに付いてきたチェリーをもてあそんでいて、何かを話す様子は伺えない。もしかしたら、話しあぐねているのかもしれない。
 しばらくの沈黙の後、嶋本がふぅと息を付いた。ため息とも何ともつかないそれに、真田はチェリーをもてあそぶ手を止めた。
「すまない」
「え?」
「退屈だろう?」
「あ〜……、いや、こういう洒落た場所って慣れてへんから、なんて言うか……」
「そうか。……そうだな。考慮すべきだった」
 真田は、ふむと顎に手を当て、続けて言った。
「俺は何もわかっていないな」
「いや、俺もまさかバーに連れて来られるなんて思ってへんかったから」 言えば真田は穏やかに否定した。
「そうじゃない。昼間のことも、昨日のこともそうだ。そんなに心配かけていたなんて気付かなかった。……シマ昨日居酒屋で席をはずしただろう?その時、高嶺に怒られたよ」
「怒られた?」
「シマが動揺してるからいい加減にしてください、と」
 高嶺のやつ、と思ってみたところでもう遅い。大慌てで、大声で否定したいところを、嶋本はなんとかグッとこらえる。なんせ此処は大声など許されないようなお洒落なバー。真田行きつけかもしれないバー。真田の顔に泥を塗るようなことできるはずがない。仕方ないので、はあ、とだけ答える。
「だから、それからずっと考えていた」
「ああ、それで今日フリ……ぼうっとしてはったんですか」
「そうだ。考えていたら、シマが来た。本当に心配されているんだと実感した。隊長として気が引き締まる思いだが、その半面で……」
「半面で?」
「嬉しかったんだ」
「は?」
「でも何故嬉しいのかわからなくて、これまでもずっと考えていたことを思い返して、わかったような気がする」
「へぇ。答えは何です?」
「嬉しいんだ」
 だから何がやねん、とは言わなかった。いや、言えなかった。綺麗な笑顔が自分を捕らえて放さなかった。

 相変わらず端正な顔しとるなぁ、なんて見惚れて。
 目尻の皺さえ格好ええなぁ、なんて気付いて。
 一重の左目が色っぽいなぁ、なんて考えて。
 案外可愛い唇してんねんな、なんて思ってみたりして。

「そうですか」
 なんて適当に答えてみれば、
「ああ」
 と、より綺麗な笑顔が返ってきて。
 自分も笑顔を返したいのに、ぎこちないものしか出ない。昨日笑顔を自然に出せなかったことが気にかかってはいたが、まさかこんなにもひきずるとは思いもしなかった。

 笑顔や、笑顔。

 それなのに、このロボは壊れたまま直っていないのか、恥ずかしげもなく言葉を続けた。
「嶋本に気にかけられて嬉しかった。誰よりも俺をわかってると自負していることが嬉しかった。俺の助けになりたいと思ってくれていることが嬉しかった」

 笑顔や。

「ずっと考え込んでいて昨日久々に嶋本の笑顔が見れて嬉しかった。今も、嶋本の笑顔が見れて嬉しい」

 笑顔や──

「だが……違うな?」
 綺麗な笑顔に心配の色が混ざる。
「違う。昨日の笑顔も今の笑顔も、前のものとは違うな。やっぱり、嬉しくない」

 なんでこんなに笑顔出ぇへんのやろ。

「何かあったのか?」
「別に何もないですよ」
 無理やり笑顔を出そうとするが、やはり出ない。

 なんでや。

「……何もないです」

 ああ、後ろめたいんや。

「本当に?」

 昨日、騙すようにして誘ったことが、後ろめたいんや。自分の考え言う前からふてくされたんも、後ろめたさ紛らわしたかったからや。それさえも後ろめたいんや。向き合ってるふりして向き合ってないんが、後ろめたいんや。やからや。笑顔出されへんのは。

「……言いたないです」
 自分は向き合うことから逃げてるのに、全てと精一杯向き合っている人の隣になんて、これ以上いられなかった。
「今日はもう帰ります。せっかく誘ってくれたのに、すんません」

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