悪魔 2

 

 嶋本は、可能な限り神林と悪魔と行動をともにするようになった。
 悪魔と行動を共にすることで生命力のようなものが削られていくのだとしたら、それを神林一人に負わせずに済む。
 しかしことはそう簡単には運ばなかった。神林ばかりがやつれていく。
 嶋本は悪魔と二人のタイミングを作って問いただした。
「お前はいったい何がしたいねん。神林がやつれていくの、お前のせいやろ」
「……そうだ」
 悪魔は観念した様子で答えた。
「だが、もう、やめよう」
「おーおー、そうしてくれ」
 その後、神林はすぐに元通り元気になった。
 悪魔は他に何かをするそぶりもなく、三人で大学生活を送ることになった。
 そしてすぐにわかった。真田は確かにすごい。端正な顔があまり表情を変えることがない為勘違いされがちだが、人柄も良い。これは確かに、悪魔と言われたところで信じられない。信用するなと言われたところで無理な話だ。
 しかし、次は真田がやつれていく番だった。
「お前もしかして、神林の力吸い取って自分の力にしとったんか」
「ああ」
「このまま力吸い取らんかったらどうなる」
「さあな。とりあえず、人間界にはいられないだろう」
「じゃあ、俺に憑りつけ」
 嶋本はすっかりこの悪魔に情が移ってしまっていた。
「それだけはできない」
 真田が答えた。
「じゃあどないする。他の奴に憑りつくのは許さんぞ」
「そうだな。……何か方法を考えよう」
 しかしその後も真田はやつれていく一方だ。
 しびれを切らした嶋本は、再び提案した。
「俺に憑りつけ」
 しかし真田は一向に首を縦にふらない。
「俺がいい言うてんねん。憑りつけよ。人間に憑りついとったら、お前とりあえず大丈夫なんやろ」
「……そうだ。だけど、だめだ。次は嶋本が」
「そんなんわかった上でええ言うてんねん」
「駄目だ」
「なんで」
「悲しいからだ」
「悲しいて、……」
「また嶋本を失うような目にはあいたくない」
「また、て。何」
「……」
「なあ、また、て、何。もしかして、お前が神林に話した俺とのことは、作り話ちゃうんか」
 思わず嶋本は、答えない真田の胸倉を掴んだ。
「お前は一度俺を失ったんか? 俺がお前を失うのはええ言うんか。お前が俺を失った時の悲しみを、俺に味わわせるんか」
 思いがけない言葉に真田の目が見開く。
「悲しんでくれるのか。俺がいないと、嶋本は悲しいのか」
 胸倉を掴む手に、真田の手が重なる。
「だから憑りつけ言うとる」
「それはできない」
「じゃあ話せ。お前が一度俺を失ったのはどういうことか」
 胸倉から手を離し、重なっていた真田の手を包み込む。すると、真田は観念したのかようやく口を開いた。
「嶋本は本当は半年前に死んでるはずだった。だけど、声が聞こえてきたんだ。そいつを生かしたいか。もちろん、嶋本が生きていてくれるならなんでもいい、と答えた。すると嶋本は息を吹き返した」
「それで俺は今生きとるんか。お前の記憶を失って、お前は人間としての生を失って」
「そんなことはどうでも良かった。嶋本が生きていてさえくれれば。だから嶋本。お前に憑りつくことだけはできない」
「何やそれ。随分身勝手やな。返せよ俺の記憶。返せよ俺の命」
「……」
「俺の命がお前の人間としての生を奪ったんやったらなおさら、俺は命をお前に還元する。憑りつけ」
「……」
 真田は力なく首を横に振った。
「この頑固どうにかしてくれ」
 そういう嶋本の視線は、真田の後方に注がれていた。
「参ったな」
 後ろから聞こえてきた覚えのある声に、真田は慌てて振り返った。
 そこには筋肉質で背の高い悪魔が立っていた。
「とりあえずお前ら、半年前を見るか。話はそれからだ」
「半年前のことならさっき話した」
「それが全てじゃない」
 悪魔は答えて、二人の頭の上に手をかざした。
 光に包まれたかと思うと、二人は空の真ん中にいた。
「半年前、お前ら二人ともあの病院のベッドにいた」
 悪魔が言うと、一瞬で病院のベッドまで運ばれた。
「先に意識を取り戻したのは嶋本だった」
 まだ朦朧としている嶋本は、ぶしつけに覗き込んで来る相手になんとか声をかけた。
『……、おまえ、なに』
『悪魔だ』
『ほんまに……? 悪魔って、ほんまに人間と取り引きとかするん?』
『見返りによる。何が望みだ』
『その前に、真田さんは? バス、隣に座ってた……』
『ああ、あいつか。そのうち死ぬな』
『どうしたら、真田さん死なずに済む?』
『そいつを生かしたいのか』
『ああ』
『命を扱う代償は大きい。魂をもらうことになる』
「魂がなくなると言うことは、その人物を構成する一番大事な記憶がなくなるということだ」
 悪魔が、その時にはしなかった補足をした。
『そっか。……まあ、真田さん死なへんねやったらええか』
『取引成立だ』
 そして、嶋本は意識を失った。
 そのしばらく後に、嶋本のベッドへ真田が現れた。
 嶋本は息があったが、血の気がなく、どんなに声をかけても目を覚ます様子がない。
『そいつを生かしたいか』
 悪魔が聞いた。
『もちろん』
『命を扱う代償は大きい』
『嶋本が生きていてくれるならなんでもいい』
『取引成立だ』
 すると、嶋本の血色がみるみるよくなっていった。
『ありがとう』
 真田が礼を言った。
『例などいらん。お前は俺の働きアリだ。人間に憑りついて力を吸い取ってこい』
 ここで嶋本が目を覚ました。
『あなたは……?』
 真田しか見えていない様子で嶋本が言った。
『どうやらお前の記憶がないらしいな』
 悪魔が真田の耳元で囁いた。それを聞いた真田はこう答えた。
『俺は……悪魔だ』
 ここで再び光に包まれ、二人は現実に戻ってきた。
「お前らは賢い。わかるだろう。今俺にどうにかしろと言うことは、二人とも解約すると言うことだ」
 悪魔が言った。
「真田さんが悪魔に手をかさないならそれでいい」
「それは真田とした契約だ。真田、どうする」
「嶋本のお陰でとりとめた命だ、嶋本には背けない」
「良かろう。しかし、ただで解約するわけにはいかない」
 悪魔との契約だ。命はもうない。これから何が待つのだろうか。
 二人は覚悟して次の言葉を待った。
「解約手数料は1割が相場か。あー、計算が面倒だな。10年ずつでいい」
「は?」
「10年?」
「嶋本の魂で真田の寿命を10年伸ばした。真田に人間の力を吸い取らせるかわりに嶋本の寿命を10年伸ばした。これで俺は200年位人間界にいられるはずだった。だから1割、20年はお前らの寿命を頂こう」
「んん?」
「ちょっと待って、ちょっと待って」嶋本が慌ててストップを出した。
「え。俺ら、あの病院で死ぬはずやったんちゃん?」
「そんなことは一言も言っていない」
 悪魔が言って、真田が「確かに」と頷いた。
「俺たちは、生かしたいか?と聞かれただけだ」
「はああ??」
「元々お前らの寿命は90歳。そこから10年ずつもらう」
「それでも十分長生きだわ!」
 嶋本は突っ込みを入れずにはいられなかった。
 真田は頷くだけだったが、悪魔はそれを了承と受け取った。
「では、真田の使命を解き、嶋本の魂を返す」
 そして悪魔は姿を消した。
 嶋本は気まずそうに真田に声をかける。
「あー、お久しぶりです、って言ったらなんかおかしいけど……」
「ああ。久しぶり」
 真田は嬉しそうに返した。
「俺たち、90まで生きれたんですね」
「そうだな」
「結局寿命短かなってしもたけど」
「二人とも80か。俺が先に逝くんだな。悪魔と取引するなよ。次はどうなるか」
「しませんよ。一年待つくらいお手のものです」
 その言葉に真田は笑顔になった。

「死んでも一緒だな」
「はい」

(終わり)

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