ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 1

 

 海上保安庁特殊救難隊。レスキューのスペシャルチームにロボットが投入されたのは、数年前の話。
 人工知能を持つこのロボットは人型で、ロボットだと教えられなければ、皆このロボットを人間と信じて疑わないだろう。このロボットは、それ程によくできている。
 見た目はどんなマネキンや蝋人形よりリアルで、肌質も、人間のそれと変わらない。容姿は端麗に作られているが、なぜか右目のみの方二重だ。そして美しいというよりは格好良く、見るからに頭が良さそうで、初対面の人でも信頼してしまいそうな、そんな顔立ちをしている。動きはスムーズで、機械音などは一切しない。行動心理学などによって取る動作がインプットされているから、普段の何気ない動作も不自然ではない。人間にある声帯と舌が丁寧に再現されているので声も作られたものではないし、話すこともスムーズにできる。表情は少ないけれど、TPOに合わせた表情ができる。
 ロボットならでは(厳密にはコンピューターならでは)の記憶力と演算能力、さらには、特殊海難に対応すべく必要なほとんどの機能が組み込まれているため、ロボットは大いに活躍した。
 レスキューの確実性が認められ、ロボットは最速で隊長まで駆け上がった。しかし、いつ誤作動が起きるとも限らない。副隊長は当然本来隊長をすべき人物が割り当てられ、ロボットのメンテナンスまで任されることとなった。そして今回、副隊長に任命されたのが、嶋本進次だ。
 副隊長任されたと思ったら、なんでいきなりロボットが隊長やねん。副隊長職教えてもらえるんか?……いや、前向きにいこう。相手はロボットやからな、所詮プログラムで動いてんねん。何らかの命令があるから動けてんねん。教えろ言えば教えてくれるやろ。……インプットされてるかどうかが問題やけど。
 そう何度目かの考えを基地の入り口前でし、無理やり自分を納得させ、中に入る。おはようございます、と言えば、既に待機していたロボットからおはようございます、と返ってきた。挨拶には挨拶を。きっとそういうプログラムが組み込まれているのだろう。空気の振動を音に変換することから考えたら凄まじいプログラム量だろうが、いちいちそんなことを考えていてはきりが無い。嶋本はそそくさと更衣室へ行き着替えを済ませた。
 一番初めの仕事は、挨拶と言う名のインプット作業。恐らく、ロボットの視界に入り、名を名乗り、自分を認識させれば問題ないだろう。
「本日付で三隊副隊長を仰せ付かりました、嶋本進次です。よろしくお願いします」
 言えばロボットは、少し間を置いてそれに答えた。いや、答えまでに間が空いた。アップデート文の発行にそれ程時間がかかるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「三隊隊長の真田甚です。話すのはこれが初めてだな、嶋本」
 『嶋本進次』というデータから、これまでの『嶋本進次に関わるデータ』を抽出していたのだ。このロボットのデータベースにはどれ程のテーブルがあり、どれ程のデータが入っているのだろう。 しかし、ロボットも結局はコンピューターだ。それがわかれば接し方もわかる。
「そうですね。今まで訓練でさえ同じになりませんでした」
「ああ。だが、嶋本のことはよく聞いて知っている。レスキューの幅が広がるだろう。期待しているよ。よろしく」
 ロボットは右手を差し出した。握手だろう。しかし嶋本はその右手をとり、驚いた。
「暖かい」
「ああ、体温は三六度五分。冷たい体で要救助者を驚かせてはいけないだろう?」
「なるほど。でも、多少体が冷たくたって隊長は誰がどう見ても人間なんですから、驚きませんよ」
 言えばロボットは少しだけ、本当に少しだけだけど、嬉しそうに微笑んだ。寒い冬に身も心も冷え切っていた嶋本は、ぽっと暖かい何かを感じた。

 一日は何事も無く過ぎて行った。ロボットのことで散々脅されていた嶋本は、安堵のため息を付いた。
 歴代副隊長の言い分はこうだ。
 エラーがエラーとして出ることがほとんどないから、エラーに気付けない。対処できない。
 突飛な行動についていけない。対処の仕方がわからない。
 ホウレンソウがホウしかできない。教えてもインプットしてくれないから対処の仕様がない。
 ホウレンソウができていないから周りが動きにくい。同上。
 レスキューしかできない。レスキューをとったらただのロボ。
 つまり、手に負えない。
 初日で痛感したのはホウレンソウだ。しかしロボットなのだから当たり前と言えば当たり前だ。報告ならば前もってプログラムしておくことはできる。だって、出力するだけだから。しかし連絡や相談となると自分で考え行わなければならなくなる。つまり、プログラムがプログラムを生み出すことになるのだ。今の技術ではそこまでできていないし、もしできたとしても、新たに生み出されるプログラムの人間への脅威に対する対策が必要となる。そうなるとまた膨大な量のプログラムが必要になるし、そのプログラムも容易なものではないだろう。
 昔コンピューターのこと勉強しておいて良かった、と嶋本はこっそり考える。
 コンピューターは0と1でしか動いていない。命令されたことしかできない。命令されないと何もできない。つまり、単純で馬鹿なのだ。
 単純馬鹿。そう考えれば何も構えることはないし、難しく考えることも何も無い。
 しかしそんなことを考えつつ更衣室で着替えていたら、ロボットから話しかけられた。
「嶋本、これから飲みに行こうか」
「ぇえ!? 飲み食いできるんすか??」
「冗談だ」
 アハハと笑うロボットは、真田甚という人間にしか見えなくて。冗談までインプットされていることに驚くよりも、自分ひとりだけが真田をロボットと勘違いしているという夢を見ているのではないかと不安になった。

 

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