ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 2

 

 クリスマスを間近に世間が浮かれだした日。まるでそれをぶち壊すかのように、天気は夜中に急激に崩れた。厚い雲はあっという間に月を隠し、星々を隠した。程なくしてバケツをひっくり返したような雨が降り出し、激しい風が吹き荒れた。
 嵐だ。
 待機の三隊は即刻呼び出された。当直隊は嵐の中出動したらしい。何かできることがあるのだろう。
「おはようございます。えらい雨ですね」
 嶋本は椅子に座りざま、なんとなくそう言った。天気の話題は、職業柄無意識に口を出る。
「……えらい雨?」
 ロボットは嶋本を真っ直ぐ見据え言った。ロボットには『えらい雨』が理解できなかったらしい。極まれにインプットされていない言葉などが出てくると、ロボットはこうしてその言葉を繰り返した。
 会話というものをするうえで、ロボットはおそらく、音の情報を何らかの法則でもって単語ごとに区切り、単語毎に検索をかけ、その結果文法に基づいて自分が出力すべき内容を判断し、返事という名の出力をする。この動作を繰り返しているに違いない。しかし途中でエラーが出ることがある。その際は、エラーが出た箇所を出力する。つまり、『質問する』というプログラムが走るのだろう。嶋本はロボットの会話の仕組みについて、そう考えた。
「あー……、方言、かな。えらいって言うのは、凄いって意味です」
「そうか」
「ああー、や。凄い、は正しくないです。大変な、の方が合ってますね。形容詞です」
 そして嶋本はロボットに何かを教えるとき、情報のデータベースへの格納方法を意識するようにしていた。
 ロボットは、インプットや演算はできても、『理解する』という行為はできないはずなのだ。理解をするためには、これまでに身に付けてきた知識と結び合わせる必要がある。その知識が足りない場合は、その知識も身に付ける必要がある。しかしロボットには、それらが容易でない。もしそれらをできたとしても、『だからこうなる』といった、最も重要なところがわからないのだ。理解するために必要で重要な『わかる』ということができないのだ。そのため、何かを教えるときは『だからこうなる』というところまで、全てを教える必要がある。おそらく、歴代副隊長の「教えてもインプットしてくれない」とは、そういうことだ。全てを教えることにより、その情報をデータ化してやり、データごとの明確な格納場所を教えてやり、明確な繋がりまで教えてやる。すると、それがロボットから出力された際、人間にはまるでロボットがそれを理解できているように思えるのだ。
 言葉を教える時もそうだ。
 話すという行動をとれる以上、ロボットに文法がインプットされていることは容易に想像ができる。となればあとは簡単な話で、中学で英語を教わってきたように教えるだけだ。Iは‘自分’を意味する主語で、AMは‘〜です’を意味するbe動詞、lookは‘見る’を意味する一般動詞、と習ってきたように、文法を教えてやれば良い。
 つまり、「‘えらい’というのは、‘大変な’と同じ意味の言葉の『形容詞』ですよ」と教えることで、おそらくデータベースに用意されているであろう「『形容詞』のテーブルに、‘えらい’という言葉の意味に‘大変な’を追加してください」と、嶋本は指示を出したのだ。
 続けて嶋本は「‘大変な’という意味と、『形容動詞』のテーブルに格納されている‘大変な’という言葉を結び付けてください」と指示を出す必要があるかと考えたが、おそらく「言葉」をインプットする上で、その言葉の意味と、その意味の言葉を結びつける命令はすでにプログラムされているだろうと思い至ったのでやめた。おそらく、大概のことはデータの格納さえできてしまえば、あとはプログラムがやってくれるはずなのだ。
「大変な?」
「そうです。えらいこっちゃ、は、大変だ、って意味ですからね」
「ほう」
 ほう、はインプット終了時に出てくる。
 嶋本はロボットの「ほう」を確認すると、外を見やりぽつりと呟いた。
「何もないとええんですけど」
 その後三隊には一度出動要請がかかったが、それはすぐに取り消された。出動隊が戻って来たのは、朝七時頃だった。嵐は一向に収まらず、嫌に薄暗い朝をむかえた。
 今回の海難の主な救助には、航空救難隊があたったらしい。彼等は海保ではなく自衛隊で、人命救助最後の砦と言われている。今回の海難は、そんな彼等が出動する程に厳しいものだった。特救隊も救助にあたったが、比較的簡単なものを割り当てられた。
 しかし今回は、三名の尊い命を救うことができなかった。
 海での救助は特救隊が一番だと信じていた新人は、現実を目の当たりにして酷くショックを受けた。彼は初めての出動だったから、ショックも大きいだろう。今も、長倉がなんとかなだめようとしている。
 そんな二人を見て、嶋本は誰に言うでもなく呟いた。
「特救隊が一番や思てた奴には、今回のんは堪えるわな……」
「こたえる?」
 呟きに返したのはロボットだった。アクセントの同じ同音異義語にはどうしても弱い。
「へこむってことです。……あー、余計解りませんかね。んー、今回の場合は、なかなか拭えそうにないショックを受けるってことなんですけど」
「ショック……」
「ええ。新人やったら尚更。特救隊に夢見てますからね、まだ上がおる上に、そんな奴らでも助けられへんかったんを目の当たりにした……。もしかしたら、絶望しとるかも」
「絶望……」
 呟くと、ロボットは新人のもとへ行った。長倉が何か話しているのに、ロボットはそこへ割り込んだ。
 三週間程ロボットを見てきて、割り込むような真似をするのは初めてのことだった。嶋本はロボットに続くことこそしなかったが、その場から聞き耳を立てた。
「ショックか」
 ロボットはそう言って割り込んだ。長倉も新人も、驚いてロボットを仰ぎ見た。
「特救隊に不可能なことなど無いとでも思っていたか」
 ロボットは馬鹿にするような話し方をしている。これも初めてのことだ。新人は眉をしかめた。
「この程度のことで立ち止まるのか、お前は」
「ちょっと真田さん……!」
 見かねた長倉が間に入ろうとしたが、ロボットは一睨みして静かに言い放った。「お前には話していない」
 そして視線を新人に戻した。ロボットの表情は、いつになく読めない。
「お前がそうやって塞ぎ込んでいることで、周りにどれだけ迷惑がかかっているかわかるか? お前がそんな状態でいる分だけ、他の者が危険にさらされていることをわかっているか? 今のお前は邪魔なだけだ。さっさと切り換えろ。でなければ出ていけ」
 新人の表情に、怒りの色が濃くなった。
「できてたらとっくにやってます! ロボットに何がわかる……!!」
 新人の急な大声に、基地は一気に静まり返った。そこへ、ロボットの無機質な声が響き渡る。
「わからないな。だが内容は事実だ」
 そして部屋を出て行ったのは、新人ではなくロボットの方だった。嶋本はその後を追う。ロボットは基地を一歩出た所で空を眺めていた。雨は止みそうにない。
「さっきの、どういうつもりですか?」
 ロボットは嶋本に背中を向けたまま、でも、視線は下げて言った。
「怒っただろうか、あいつは」
「まあ、頭にはきますよね」
「そうか。よかった」
「……怒らせたかったんですか?」
「怒りは絶望を忘れさせる」
「……」
「……」
「それで、あんな言い方を?」
「ああ」
「……まあ、間違ってはいませんよ。特救隊来るぐらいの奴や、挑発すんのは効果的でしょう。でも、あのタイミングは違うし、真田さんの仕事でもない」
 嶋本がそう言うと、ロボットはゆっくりと振り返った。目を合わせると、わずかに首をかしげた。
「気持ちの問題です。……相手のね。やから、正しいタイミングはわからへんけど……やっぱりあれは早すぎます」
「俺の仕事じゃないというのは?」
「真田さんあいつんこと何も知らんでしょう? そんな人から何か言われたかて、素直に受け入れられるはずがない。だからあれは、真田さんが言うべきやなかった。……それに、あれがあいつにとって一番良いやり方かどうかもわかりませんしね」
「そうなのか?」
「心理学インプットされてるんでしょうけど、それだけじゃ駄目です。誤りを正すだけならいいですけど、また今回みたいなことになったら、行動に移す前に俺に言うてください」
「……気持ち、というものがわからない俺には、正しい判断ができないということか」
「そういうことです」
 嶋本はきっぱりと言い切った。言い切って、胸の辺りがチクリと傷んだことには気付いたが、それがなぜかはわからなかった。
「まぁ、正しく判断できるやつなんておらへんと思いますけどね。真田さんよりは俺のが良い判断できるでしょう」
「……わかった」
 ロボットの表情がほんの少し崩れたが、薄暗い雨空のせいか、嶋本にはその変化がわからなかった。

 

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