ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 21

 

 どれくらい待っただろうか。一時間以上待ったかもしれないし、十分くらいしか待っていないかもしれない。酷く長い時間だった。
 海面に真田の姿を確認するなり、嶋本は海へと飛び込んだ。
 真田を巡視船に引き上げ、横にする。真田は左足に酷い傷を負っていた。他にも障害があるのだろう、あらゆる反応が鈍くなっている。
「真田さん! 良かった、助かって」
「しま、もと」
 横にしゃがみこんだ嶋本に、真田はゆるゆると手を伸ばす。
「なみだ」
 そう言って、親指で涙を拭う。
「なぜ、なく?」
 手は頬に当てたまま、真田は返事を待つ。
 特救隊にあるまじき行動に出ようとしたこと、真田を見捨てようとしたこと、見捨てられなかったこと。何より、真田が助かったこと。全てが入り混じって、嶋本は答えられない。手をとり、笑って見せるだけで精一杯だ。
「そうか」
 真田はそう言って微笑むと、固まった。
 周りの者までいっせいにざわめく。
「真田さん? 真田さん!?」
 嶋本は慌てて体を揺さぶる。そして、真田の体が熱いことに気がついた。周りを静かにさせ、真田の頭に耳を近づける。
 カリカリカリカリカリ……。
「なんやわからんけど、頑張ってはる」
 頭をあげ呟くと、黒岩の大きな手が肩に乗った。
「どっちみち修理に出さなきゃならねぇんだ! もう放っとけ!!」
 見上げた先、黒岩の背後はまだ黒い雲に覆われていた。


「今年の梅雨長いっすねぇ」
 長倉が、いい加減にしてくれとばかりにソファにどっかと腰を下ろした。ロボットが修理に出されてから一ヶ月。隊長代理を言い渡された嶋本は幾分戸惑ったが、すぐに板についた。
「ほんまやなぁ。でも、台風は全然来おへんな。良いこっちゃ」
 そしてお茶をズズとすすった所で、黒岩に呼ばれた。今日はロボット受け取りの日で、黒岩が行ってくれていた。
「黒岩さん! 真田さんどうでした?」
「ちゃんと直ってるよ。今日は家に送ってきた。次の当直から入れる」
「そうですか。良かった」
「それで、だ。話しておきたいことがある」
「なんですか、説教はもうこりごりですよ」
「ありゃお前が悪いんだろうが! 違ぇよ、ちょっと来い」
 そして黒岩は人気のない所へと進んでいった。
「なんです? 何かあったんですか?」
「まぁ、これを読め」
 黒岩はA四の紙を一枚取り出した。そこにはプリントアウトされた文章。
「それは、真田の中にあったデータだそうだ。よくわからねぇが、そのデータは何とも繋がっていなくて、直にそのデータが入っている箱みてぇなもんを開けねぇとわからないものらしい。修理した奴が言うには、真田はそれを誰にも言うつもりはなかったんだろうって。お前にもな」
 紙には、こう書かれていた。


嶋本の涙を見て、感情が必要ない理由がわかった。感情が救助の妨げになることも理解していたつもりだったが、結局は「つもり」だったようだ。
もし、今回自分と嶋本の立場が逆だったらと考えたら、恐ろしくなった。嶋本がいないなんて、考えられない。すぐにでも救助に向かってしまっただろう。
そして、自分のために嶋本をなくすところだったこともわかって、また恐ろしくなった。
嶋本は人間だから、精神面はいくらでも鍛えられるだろう。だからもう心配はいらないだろうが、やはり、心配をかけるのはいただけない。
だから、感情も、心も、嶋本のことも忘れて、ただのレスキューロボに戻ることにする。嶋本のことは忘れたくないが、嶋本を忘れないことには、感情も心も忘れきれない。だから嶋本のことも忘れる。
でもやっぱりどうにかして嶋本のことを覚えておきたい。
だからこのデータを、また感情や心が生まれてしまったときに、それらを忘れるスイッチにするという口実で残しておく。そうすれば、心や感情が生まれるたびに嶋本を想えるし、嶋本に感謝できる。
本当は感謝なら口で述べても良かったんだ。でも嶋本は賢いくせになんだかんだ言って優しいだろう? 感謝を述べようものなら、しようとしていることを察して止めるに違いないから。
俺は、大切な人をなくしかねない事態になんて、二度と遭いたくないよ。

ありがとう嶋本。嶋本がいたから人間らしくなれた。嶋本に会えて良かった。


 頬を伝う涙を合図に、黒岩は口を開いた。
「そういうわけだ。他の隊員達にはデータに不具合が出たことにして、データは全て初期化されたと伝える。まさか本当にロボに自我があるとはね。あとはお前の心構え次第だ。いけるか?」
 嶋本は涙を袖で拭い、顔をあげた。
「余裕です」


 そして。


「三隊副隊長の嶋本進次です。よろしくお願いします」
「真田甚だ。よろしく」
 差し出された手はやはり暖かく。
「体温は三六度五分。ですよね?」
 ニッと笑えば、よく分かったな、と変わらぬ笑顔が返ってきた。


(おわり)

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