高校生1
「甚、俺たち、付き合い始めたんだ」
伊藤有がめずらしく真面目な顔で言った。
「だからこれからは3人でいられないっていうんじゃなくてね、」
五十嵐恵子が珍しく慌てふためいて言った。
「甚に一番に伝えたかったんだ」
「そうか。イガさん、有を頼んだぞ」
一年の頃から同じクラスで、席が近かったからいつも自然と3人でいた。
二年に上がる際、文系理系でクラスが離れる可能性もあったが、3人とも理系特進クラスに進級できた。
だけど、そうか。
ならば、二人の邪魔はしない方が良いだろう。
昼休み、いつも通りに3人で弁当を食べる空気だったが、
「図書館に行く」
そう言えば、二人は特に追及もせず、放っておいてくれた。
3人でいるのが楽しくて、すっかり忘れてしまっていた。
この高校は、図書館が気に入って受験した。
図書室ではなく、図書館があるのだ。
校舎は真っ白なよくある建物だが、図書館はレトロな木造2階建ての大きな洋館で、グラウンドからも体育館からも離れた静かな空間に、ひっそりと佇んでいる。
中は吹き抜けになっており、出入り口のある南側の壁を除いた3面の壁全てが本棚になっている。
西側の長机が置かれた学習スペース、東側のソファが置かれた読書スペース、そして、カウンターにある飲み放題のスティックコーヒーに感動した。自分の部屋よりもどこよりも快適な空間だと思った。
この図書館に毎日通うことを夢見て受験を決めた。
図書館は相変わらず、静寂と暖かな光と本の匂いに包まれた、やはり憧れの空間だった。
本を探しに行く前に、ソファーを確保すべく先にコーヒーを入れる。
陽の射す場所が良いが、この時間は太陽がほぼ真上にある。天窓の下にはソファー自体がないので、必然的に南の窓のすぐ側の一つしか陽の当たるソファーは無い。
しかし、そのソファーには先客がいた。横になって、すっかり寝入っている。
栗色の癖毛が陽の光に照らされて眩しい。陽に暖められた頬が柔らかそうで、思わず触れたくなる程だ。しかし、このあどけない無防備で無垢な表情は、起きた瞬間に一変するのだろう。
この男は、校内一背が低いと噂され、校内一の不良とも噂される、嶋本進次だ。
起こしてまで席を譲ってもらうわけにもいかない。向かいのソファーはまだ陽が届いていないが仕方ない。
テーブルにコーヒーを置く。
コト、とわずかに鳴っただけのはずのその音は、静かな図書館内では響いてしまった。
その音で嶋本進次の瞼が僅かに持ち上がる。少しして、唇がもそもそと動く。
「マジかよ……」
と発せられた。
「すまない」
とりあえず起こしてしまったことを謝るも、聞こえていないのか、寝起きの頭が回らないのか。嶋本進次は再びもそもそと唇を動かした。
「さけろよ」
そして、のそりと起き上がる。起き上がりざま、腹に乗せていた本が床に落ちる。
「、っしょ」
のそりと拾い上げ、微塵も躊躇わずに自分の制服のズボンで本をはたいた。
そしてその場を去ろうとしたので、慌てて声をかけた。
「起こすつもりも、追い出すつもりもなかったんだ。すまない。俺が移動しよう」
しかし嶋本進次は一睨みしてきただけで、何も言わずにその場を去った。
陽が照って温かいはずの空間が、一気に冷え込んだような気がした。
昨日は結局図書館を満喫することができなかったから、さっそくリベンジすることにした。
「今日も図書館に行くの?」
四限目の授業が終わるなりそそくさと席を立つ俺に気付いたのはイガさんだった。
「ああ。この学校は図書館が気に入って受験したことを忘れてた」
「そうなの?」
「俺本全然だわー。いってら〜」
授業中船を漕いでいた有が、まだ覚醒しないまま言った。
「じゃあ、」
そしてほとんど駆け足で図書館へ向かった。
昨日嶋本進次の言った「さけろよ」が「避けろよ」で正しいのならば、嶋本進次の方から近づいてくることはないだろう。それならば、一番乗りしてあのソファーを確保してしまえば良いだけの話だ。
それに、嶋本進次が昨日図書館で寝ていたのはたまたまかもしれない。
しかし、嶋本進次は今日も、昼休み唯一陽の当たるソファーで眠りこけていた。
また起こしてしまってはかなわない。今日は向かいのソファーなんて横着をせずに、少し離れたソファーを利用した。
1時間の昼休みはあっという間に終わりを迎える。眠っている嶋本進次にはなおさらのようで、今だ起きる気配がない。
起こしてやる義理はないが、起こさない事には気になって5限に集中できない気がするので、起こすことにした。
「嶋本、」
呼ぶも、「んー」と反応があるだけで起きない。
次は軽く肩をゆすり呼ぶ。すると、ゆっくりと瞼が持ち上がった。唇がもそもそと動く。
「マジかよ……」
昨日と全く同じ反応だ。
「起きろ、昼休みが終わる」
「うっせ」
言うと、嶋本は腹の上の本をローテーブルに移し、寝返りを打った。膝を曲げて、ソファーに全身を収納する。
「5限が始まるぞ」
「ほっとけ」
「遅れるぞ」
「うぜえ」
見事に拒絶の言葉しか返ってこない。しかしこれが結果だ。気になって授業に集中できないこともないだろう。
「じゃあな」
これには返事がなかった。
その場を後にする。
やれることはやったのに、何故だか後ろ髪を引かれた。
高校生 2>>
