高校生 2
それから昼休みは可能な限り図書館へ行くようになった。嶋本はいたりいなかったりしたが、いる時は必ずソファーで寝こけていた。少なくとも4限は図書館でサボっているのだろう。5限まで続けてサボることは稀のようで、気付いたらいなくなっていることがざらだった。
だからまさか、こんな所で見かけることになるなんて、思いもしなかった。
期末テストを終え、担任の手伝いで有とイガさんと職員室に行くと、黒岩先生の前に嶋本がいた。黒岩先生はいつも通り厳しい表情で、嶋本はいつも通り横柄な態度だ。
駄目だとは思うが、耳が二人の会話を拾う。
「セトリーヌなら出る。でも、あいつからは何も教わる気はない」
セトリーヌと呼ばれる瀬戸川先生は、緩いパーマがよく似合う、生徒たちから信頼を集める物理の先生だ。そうか、嶋本は、物理の授業をサボっているのか。
「じゃあ学ばなくていい。テストで点が取れなくていい。授業、出るだけ出ろ。変わりに、今回みたいなことはやめろ」
「はあ?」
「お前がやったのは、ただの嫌味でしかない」
「なんだそれ。あからさまな嫌がらせや憂さ晴らしをしてくんのは、あっちだろうが!」
そして、ガンと大きな音がなる。嶋本が、デスクを蹴った。
その音で、嶋本に注目が集まる。有とイガさんも思わずそちらを向いて、職員室は静まり返った。
「物に当たるな!」
「じゃあ何にぶつけろっつうんだよ! 俺の言うこと受け止めてくれる大人がどこにいんだよ!」
「受け止めてもらいてえなら! まずは自分の跳ねっかえりをどうにかしろ! 大人も完璧じゃねぇんだ!! 受け止められねぇもんは、受け止められねぇよ……。頼むから、受け止められる状態でいてくれねぇか」
「っんだよ、それ!」
嶋本は、手に持っていた紙をぐしゃぐしゃに丸めて投げつけると、職員室を後にした。
職員室は張りつめた空気が解けることなく、時間が止まってしまったかのようだ。
真っ先に動き出したのは有だった。嶋本が投げた紙を拾い、黒岩先生に渡す。
「悪いな」
この黒岩先生の声で、職員室はようやく平常を取り戻した。
その後別室で担任の手伝いをしていたら、有が聞いてきた。
「今回の物理のテスト、難しかったよな」
「難しかった」
実際、平均点が60点しかなかった。
「全部四択だったから簡単かと思ったら、全然。近い答え適当に選ぶわけにもいかないし」
「俺なんて、計算する度に答え変わるの。まじ勘弁。四択なのに70しか取れなかった」
「真田君が80点しか取れないなんて異常よね」
イガさんも80点しか取れなかった。
特進クラスの生徒すらそれだけしか取れないと言うのは異常だ。
「さっき嶋本が投げ捨てたの、嶋本の物理のテストだったんだけど、何点だったと思う?」
「見たのか」
「駄目でしょ」
「だって、気になんじゃん! 人の点数! それに見られたくないもんあんな風に扱わねぇだろ! だからいいの!」
有が拗ねてしまった。作業の手もすっかり止まってしまっている。
「何点だったんだ、嶋本は」
仕方なく聞くと、有は顔をしかめて言った。「75。特クラの平均より良い」
「ついでにあなたよりも良いわね」
イガさんが呆れたように言った。
「俺、てっきり白紙で出して怒られてんだと思ったからさ、びっくり!」
「確かに、授業を受けずに良い点を取ったということになるな」
「もったいないよな。なんで特クラじゃないんだろ」
「本人にその気が無いんでしょ。じゃなきゃとっくに不良みたいなことやめてるわ」
俺たちは大学進学の為真面目に授業を受けて勉強している。
嶋本は、授業をさぼったりして、何をしたいのだろう。テストの点が取れてるからには、ただぐれているわけでもなさそうだ。
校内がなんだか落ち着かないのは、夏休み目前だから。というわけではない。今日に限っては。
授業中、消防車のサイレンが聞こえてきて、いつもどおり通り過ぎるかと思えば、学校のすぐ近くでサイレンが止んだ。先生が説明をやめて、「近いな」と様子を伺う程だった。
放課後には、どこから情報を仕入れたのか、「学校裏にある民家でボヤ騒ぎがあったらしい」と職員室への道すがら耳にした。
今日は委員会の手伝いだ。しかし手伝うべき押尾先生が見当たらない。職員室を見渡す。
そして、隅に設けられた応接スペースに、嶋本を見つけ、次いで、横で見守る先生を見つけた。
しかしこれは話しかけていい雰囲気ではない。
「お前はまた学校の名に傷を付けたんだぞ!」
この声は、嶋本の担任の声だ。
「じゃあ無視しろっつうのかよ!」
反発する声は嶋本のものではない。見えない位置に他にも生徒がいるようだ。
「まず先生に報告すれば良かったんだ!」
「んなもん、お前に都合のいい結果論だろうが!」
これもまた別の生徒の声だ。嶋本は機を伺っているのか、ただ、先生を睨みつけている。
しかしずっとここで待っているわけにもいかない。俺は、他の先生に言伝を頼んで廊下に出た。
予想通り、廊下にも大声は響いていた。
「俺らが報告したところで、てめえ俺らの言うこと信じたかよ! 体よくセンコーぶってんじゃねえよ! 何が学校の名に傷が付いただ! ホントは自分の名前に傷が付いたと思ってムカついてんだろ!!」
次は嶋本の声だった。そして、「黙れ!」との先生の怒鳴り声の後何やら物音がして、落ち着かない空気になった。
「わざとだよ!」
嶋本が叫んだ。
「周りに聞かせたくてでけえ声出してんだ!」
次の瞬間、パシンと冷めた音が鳴り響き、空気も凍てついたようだった。
そこへ押尾先生ののんびりとした声が割り込んだが、なんと言っているかまではよくわからなかった。しかしそれでその場は収束したらしい。
ガラガラとのんびり職員室のドアが開かれる。
「待たせて悪いね。今日のお手伝いは俺が準備できてないし、別の仕事できちゃったから、帰っていいよと言いたいところなんだけど。あいつら、反省文書き終わるまで見張っといてくれる?」
現れた押尾先生は、応接スペースを指さして言った。
「それは……僕一人でできるでしょうか」
「大丈夫大丈夫。根は良い子達だから。よろしくね」
そして俺を応接スペースにねじ込むと、嶋本の担任とともに職員室を後にした。
