ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編1

 関空勤務になって3年目も残すところ1ヶ月。
 潜水士・特殊救難隊・起動救難班と過酷な現場で働きつづけ、気付けば30代も折り返している。羽田時代の可愛い教え子も、救急救命士になってやってきた。まだ話は何も出ていないが、嶋本は着々と手を放す段取りを進めている。
 最前線で働くには、そろそろ肉体的に限界だ。
「嶋本さん、嶋本さん」
 訓練前のストレッチをしていると、向かいにいる星野が間抜け面で嶋本を呼んだ。
「私語か。余裕やなぁ」
 嶋本は睨んで見せたが、星野は相変わらず間抜け面で。前方、つまり、嶋本の後方を指差した。
「あれ。あの人」
 嶋本はその言葉に微塵も反応せず、「続けろ」とストレッチを促した。誰かは知らないが、突然アポもなしにやって来たのだ。わざわざ職務を中断してまで迎える必要はない。声をかけられたら相手をしよう。嶋本はそう考えた。
 とは言え、星野が間抜け面になるような人物だ。いったい誰だろう。
 嶋本は、ストレッチをしながら気配を伺った。静かな落ち着いた足音が近付いて来て、止まる。
「嶋本さん」
 呼ぶ声に、嶋本は耳を疑った。なんとか平生を装い、「はい」と返事をして顔だけ向ける。
 そこには、片二重の端正な顔があった。
 姿勢を正し、話を聞く体勢になる。
「突然すみません。来年度よりこちらに配属になります。真田甚です。早いですが挨拶に参りました」
 真田は、僅かに笑みを覗かせて言った。
「ほんま、えらい早いですね。私は今知りました」
「そうなんですか」
「ええ」
 それだけで、会話は早くも途切れた。しかし嶋本は確信した。
「真田さんは、これまでどこにいはったんですか?」
 その言葉に、話を盗み聞きしていた星野が、思わず口を挟んだ。
「え、出会いからやり直すんですか?データって復元してもらえないんですか」
 その問いに、真田甚は何も答えない。嶋本は、一つ息をついた。
「ロボット真田甚にモデルがいることは聞いてました。でも、モデルが海保の人間で、瓜二つやとは知りませんでした」
 この真田甚は、嶋本の知るロボットではない。挨拶に笑みを覗かせたところを見ると、ロボットと言うわけでもない。ならば、たどり着く答えは。
 真田甚という、人間。
「パプアニューギニアにいました。」
 そして真田は、楽しそうに続けた。
「ロボットではないと、すぐ気付かれるとは思っていましたが、こんなにも早く気付かれるとは思いませんでした」
「俺全然わかりませんでした」
 星野は言う。「流石ですね」
 思いがけず自分にむけられた言葉に、嶋本はあからさまにため息をついた。「俺じゃなくても、副隊長やった人はわかる」
 顔も声も瓜二つだ。しかし、表情がまるで違う。ロボットと向き合い、頭を悩ませた者ならば。少なくとも、目の前の真田甚が羽田にいたロボットではないことには、きっと気付ける。
「では真田さん、我々は訓練を再開しますので」
 気付けば、他の者までストレッチをやめ真田に注目していた。
「ああ、中断させてしまい申し訳ありません。失礼します」
 心ばかり真田を見送ると、嶋本は声を上げた。
「全員前屈から!」

 午前中の訓練を終え基地に戻ると、真田の姿がまだあった。
「まだおったんですか。てか、なんでここにおるんですか?」
「事務処理を済ませておこうかと思いまして」
「え、真田さん、もしかして、機動救難班に配属なんですか」
「先ほどその様に言ったつもりですが」
「こちら、としか聞いてなかったものでね。年齢が年齢ですし、最前線はないやろ思てました」
 嶋本はすっかり、関空勤務の意味で捕らえていた。ロボットのモデルが年上であることは記憶していたので、機動救難班、ましてや、特殊警備隊への配属なんて、まっさきに候補から外していた。航空機のパイロットか、管理職か。そう考えていた。
 そうか、キッキューやったんか……。
「って、ええ? キッキューなんですか?」
「はい」
「班長、俺なんですけど」
「……? はい。知ってます」
「真田さん、部下になるんですか」
「そうなりますね」
 真田はいたって真面目な顔で、しかしどこか楽しそうに言った。
 嶋本はその返事に頭を抱え込んだ。
 年上の部下というだけでやりづらいのに、よりによってロボットのモデルだなんて。扱いづらいにも程がある。
 嶋本は適当に話を終わらせると、大量の食事にがっついた。

 新年度初日。
 嶋本は、真田の能力にいちいち驚かされた。体力も知識も技術も、抜きん出ている。
 しかし、一番興味を惹かれたのは、飲み食いする姿だ。
 嶋本はロボットの家で飲み食いしたし、ロボットは二度飲みの席に姿を現したが、決して飲み食いすることはなかった。その必要が無いので、そんな機能備わっていない。
「よう食いますね」
 口いっぱい頬張って、もりもり食べる。ロボットでは見ることが叶わない姿だ。
「んん」と、真田は返事をする。
 ある程度飲み込んで口の中に余裕ができると、真田は言った。
「嶋本は箸がすすんでいないな」
 律儀なのか、行儀が悪いのか。
 咀嚼している途中で喋ると思っていなかった嶋本は、自分の真田の固定概念を修正した。
 もっときっちりした人かと思っとったけど、……そりゃそうか。ロボちゃうもんな。
「気のせいです」
 かと言って、食べる姿が興味深くて見入っていたなんて言えるはずもなく。嶋本はしらを切った。
 そこへタイミングよく、星野が口を開いた。
「あれ? 敬語じゃないんですね」
「人生の先輩やからな。職務時間外まで敬語は勘弁してもらった」
 本当は慣れないからだなんて、慣れ親しんだロボットの口調が良いからだなんて。嶋本は真田本人にも言っていない。言えるはずがない。
 嶋本は、目の前の真田甚に、ロボットの面影を探さずにはいられなかった。

 

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