ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編2
「嶋本、これから飲みに行こうか」
そう言われたのは、真田が機動救難班に異動して一週間経った日の就業後だった。
「……はあ」
気のない返事になってしまったのには訳がある。言われた瞬間に脳がフル回転したからだ。
前も言われたことがある。羽田で。そうだ、真田隊副隊長初日の就業後だ。まったく同じセリフを、ロボットに言われた。飲み食いできるんすか、と間に受けたら、冗談だと笑われた。でも、この真田甚は人間。飲み食いできる。飲みに行ける。それにしても、まったく同じセリフなんて、偶然か? あ、後で聞いたらええか。これから飲み行くんやし。
嶋本は、これだけの事を一瞬で考えた。一瞬で考えて、慌てて返事をした結果、気の無いものになってしまった。
しかし、そんなの、行きたいに決まっている。この真田甚相手に興味は尽きない。
もちろん、態度には出さないが。
「何か食いたいもんとかあります?」
「何でも良い」
「何でも、て……。それ一番困るんですよねー。肉とか、中華とか、ありません?」
「何でも食べる」
「……ほな、腹の減り具合は」
「ぺこぺこ」
「……ぺこぺこ、」
その言葉に、嶋本は新鮮な気分になった。ロボットの口からは擬態語を聞いたことがない気がしたのだ。
いや、絶対聞いたことないわ。
嶋本は考えを改めた。ロボットから発せられる言葉は、プログラムによるもの。その都度最適な言葉が抽出されている。『感覚』を音にした擬態語や擬音語、増してや比喩表現なんて、ロボットが使うはずがない。
「ほんなら、量重視で行きましょう」
そして入ったのは、一品298円で全国展開している居酒屋。
乾杯をして、料理を頼んで。嶋本は真田の出方を覗っていたが、真田から何かを話す様子がないので、気になっていることをとっとと聞いてしまうことにした。
「真田さん、ずっと気になってたんですけど。ロボのこと、どれくらい知ってます?」
「どれくらい、と言うと?」
「んー、……。ロボの見た目と声が自分と瓜二つってことしか知らんか、ロボの今の副隊長の事やロボのこれまでのことを知っているか」
その問いに、真田は僅かに目を見開いた。嶋本にはそう見えたが、そこから真田の考えを読み取ることはできなかった。
「なるほど。どちらかと言えば、後者だ」
「ほな、今日のはわざとですか」
「今日の?」
『嶋本、これから飲みに行こうか』
「ロボに、まったく同じ台詞を言われたことがあります」
「ああ、」
少し考えて、真田は楽しそうに言った。
「わざとかもしれない」
「かも?」
「副隊長就任初日の恒例行事は知っている。無意識のうちに意識していたのだろう。先週報告を受けたばかりだし」
先週と言えば、新年度が始まった週だ。高嶺は今年度沖縄に配属されて、新たにロボットの副隊長を就任したのは佐々木だ。
「ああ、小鉄が就いたんですっけ。ええ〜、見たかったなぁ。めっちゃおもろそう」
「見るか」
「は?」
「奥村さんがムービーを送ってきた」
言って真田は携帯電話を取り出した。ムービーを再生してから寄越す。
映し出されたのはロッカールーム。ロボットに「これから飲みに行こうか」と聞かれた佐々木は「え、いや、あの、」とうろたえている。あまりに予想通りで面白くない。しかし撮影者の耐え兼ねた笑い声が聞こえてきた。
ケラケラと心から楽しそうに笑うその声の主は、大口。
「じゃあ小鉄さん、俺と行きましょ!」
「はあ? なんで」
「真田さん、小鉄さんこんないけず言います〜」
「副隊長同士、つもる話もあるだろう。行けば良い」
ロボットが生真面目に返して、佐々木の表情がげんなりしたところでムービーは終わった。
「奥村さん、本庁のはずやのにどうやったんかと思えば。大口使うとはさすがやなぁ」
言いながら携帯電話を返す。
「奥村さんも南条さんも、面白がってメールをくれる」
「面白がってって。真田さんも付き合うことないのに」
「いや、俺も楽しませてもらっているから」
本当に楽しんでいるのだろう。真田は僅かに目を細めた。
その目尻には、小じわ。
「……嶋本?」
「へ? あ、すいません!」
嶋本は無意識のうちに真田の目尻に手を伸ばしていた。むしろ、その小じわをぴんと伸ばしもしていた。
ああ、これはもう下手な言い訳せんとこ。
瞬時に判断して、嶋本は正直に答えた。
「目尻に皺とか、ロボにはできんかったんで。……つい」
それを聞いた真田は、一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに笑顔になった。「かまわないよ」
「ロボットのモデルになって、ロボットの活動報告を聞く権利を与えられたから。貰える物は貰っておこうと、最初はその程度だった。だけど、嶋本が副隊長になってからは報告が楽しみになった。こんな風に話がしたいと、ずっと思っていた」
まっすぐな言葉に、嶋本は「なるほど」と思った。多くの日本人であれば恥ずかしがって言わないようなことも、この人物はさらりと述べる。良い意味で思考が単純なのだ。それはつまり、プログラムしやすいという事。
「そうですか。じゃあ、今日はとことん話しましょう」
「ああ」
真田は嬉しそうに頷いたが、すぐに眉根を寄せた。
「だが、いざ話すとなると、何から話せば良いか……」
「検索結果、出てきた順でええんちゃいます?」
嶋本は、ロボットを思い出してそう答えた。真田は案の定、ぽかんとしている。
「ロボに同じようなこと言われた時、そう返したんです」
「なるほど、そういうことか」
頷く真田は楽しそうだ。
自分が副隊長だった頃に受けた報告にも、こんな風に目を輝かせてくれたのだろうか。
そうなら良いと、嶋本はなんとなく考える。
「他に、印象に残っていることはあるか?」
真田はわずかに身を乗り出している。
「そうですねぇ」
嶋本はのんびりと答える。そうすることで考える時間を稼ぐのだ。
どの話ならば報告されていないだろうか。
どの話ならば期待に応えられるだろうか。
「感情がプログラムできひんのは知ってます?」
「簡単なものを表面的にそれらしくプログラムしてあるだけだと聞いたことがある」
「その通りです。じゃあ、新たなプログラムの生成能力が無いことは?」
「知ってる。まず、そのプログラムがまだできていないんだったか」
「そうです。でもあのロボ、俺んこと、大好きやったんですよ!」
嶋本はつとめて明るい声を出した。
「途中でデータが初期化されたのは知ってますね? あれ、俺のためにロボ自らやったことなんですよ。……いや、まあ、もともと俺が忘れろ言うてたのもありますけど」
はははと笑ってビールをあおる。ぷはぁ、とジョッキを置いてから目をやると、嶋本は真田の穏やかな目に捕まった。逸らせない。
「無理もない」
目と同じく、声も穏やかだ。
「報告を受けているだけの俺でさえ、嶋本を好きになった」
どうやら真田甚は、ロボットであれ人であれ、『好き』と言う言葉をぽろりと漏らしてしまうらしい。
「うわ、ほんまですか。ありがとうございます」
しかしこの真田甚は、お礼の言葉に少し慌てたそぶりを見せた。
「いや、すまない。同性から好きと言われても、あまり気持ちの良いものではないな」
「……んー。まぁ、嗜好は人それぞれですよね」
ロボットに恋愛感情を抱いた嶋本としては、対象がどうあれ好意を否定することはできない。
「実は、」
嶋本の言葉を聞いてか聞かずか、真田が話し始めた。
「何をどれだけ言葉にすれば良いのか、いまいちわからないんだ」
「……はあ」
「俺はどうも言葉が少なすぎるようだから、意識して多く話すようにすると、相手が落ち着きをなくす。今みたいなことになるんだ」
「あ、なんだ。今って結構がんばって話してくれてるんですか」
「ああ」
「ロボより口数が多いような気がしてはいたんです。そういうことだったんですね」
「ああ」
「無理せんでええですよ。俺、ロボとうまくやってこれたし。ロボじゃない真田さんとやったら、もっとうまくやれる自信あります」
嶋本のその言葉に、真田は笑顔を見せた。
その後二時間ロボットの話題で盛り上がり、その日はお開きになった。
