ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編8
1年後、嶋本と真田は横浜防災基地を訪れた。
ロボットは特救隊引退後、基本的にはこちらで展示され、特別な時だけ起動され広報部員として案内係を行うようになった。
二人はアポなしで訪れたが、大歓迎を受けた。
ロボットは二種の制服を着させられている。あくまでも広報用と言うことなのだろう。
初めて見るその姿に、嶋本は切なさを覚えた。もう、特救隊員ではないのだと、現場には出ないのだと、改めて思い知らされた。
「起動させますか?」
「いいんですか?」
「こちらとしては是非話をしてもらいたいですが」
「ならばお願いします」
と、はりきって答えたのは真田だった。
なんやハイテンションですねぇ、などと雑談していると、ロボットはすぐに起動し二人の元へ歩みを進めた。
「横浜海上防災基地、広報補佐の、真田甚です。はじめまして」
ロボットは嶋本に手を差し出した。握手だ。嶋本はもちろん、その手を取り自己紹介をする。「関空起動救難班班長、嶋本進次です」
「真田さんは、2度目ですね」
ロボットが言った。
「俺も初めてやないですけどね」
「そうなのですか?」
「データが無いだけです」
嶋本は言って、笑顔になった。
ロボットは破棄にならない。特救隊は引退になったけれど、海保に残った。隣には愛する人がいる。
なんて幸せなんだろう。
「あなたが特救隊に勤務している間に届く報告は、モデルとして誇らしいものばかりでした」
真田のその言葉に、嶋本は「そやそや、それ言いに来たんやった」と言って、姿勢を正した。二人、潜水士の敬礼をする。
「特救隊勤務、長年お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
ロボットは僅かに驚いた表情を覗かせて、そして返礼した。
「ありがとうございます!」
それは、誰がするよりも様になった潜水士の敬礼だった。
その後ロボットに基地内を案内してもらい、防災基地2度目の真田は終始感心した様子だった。
嶋本と、ロボットと、真田と。夢のような時間はあっという間に過ぎ、別れの時が来た。
「また会いましょう」と真田が言った。
「もちろんです」とロボットが答えた。
「さようなら」と嶋本が言って。
「さようなら」とロボットが返した。
そして、ロボットは動きを止めた。
嶋本は即座に基地の者の元へ行き、話をする。ロボットが再起動する前にこの場を去らねばならない。
一礼してドアへ向かう嶋本の背中を、真田が慌てて追う。
横に並んで外に出たところで、真田が言った。
「また来よう」
その言葉に、嶋本の表情がくしゃりと歪んだ。
嶋本は片手で顔を覆う。答えられない。
「何度だって会いに行ける」
嶋本の足元に、滴が一滴落ちる。
「でも、会う度さよなら言うんは、嫌や」
「だが、言わねば守れないんだろう」
別れのあいさつをきちんとしなければ、そうやってデータを削除しなければ、ロボットはきっとまた何かを学習して、そして破棄になる。
「でも……。でもっ、寂しい、」
「うん……」
本当は忘れられたくなんてない。次に会った時、久しぶりとあいさつをして砕けた会話をしたい。思い出を作っていきたい。思い出を共有していきたい。データも感情も復元させて、楽しく過ごせたら良いのに。
門を出たところで、嶋本の歩みがすっかり止まってしまった。真田が近くのベンチへと誘導する。
海に背を向けて、座る。目の前にはがらんとした空き地が広がっている。
何も無い。
前屈みになって顔を隠し、声を押し殺し、肩を震わせる嶋本に。真田は、かける言葉を見つけられず。そっと、丸まった背中に手を伸ばした。ゆっくりとさする。しかし逆効果だったようだ。
「すいませ、」
嶋本が慌てて袖で顔を拭う。
そんなつもりではない。この寂しさが拭えるものではないことを、真田は理解している。
「笑顔になれるまで、待つよ」
ロボットが幸せであるために、嶋本は笑顔でいること。それが、嶋本がロボットと交わした約束だ。ならば、嶋本がどうしても笑顔でいられない時は、そばにいて、たった一人で辛い思いをさせないようにしよう。
嶋本が小さく「ふっ」と吹き出した。
「なんや、めっちゃ大事にされとる」
元気はないけれど、楽しそうな声で。
「嶋本はロボットを守る。ロボットは嶋本の笑顔を願う。ならば俺は、嶋本とロボットの幸せを守ろう」
「なんだそりゃ」
上げられた嶋本の瞳はまだ滴を湛えたままだけど、及第点だろう。
嶋本は再び袖で顔を拭った。
「もう大丈夫か?」
「はい!」
立ち上がり、見上げた空は高く青く。
潮の香りに誘われて振り向けば、海と、船と、基地がある。
基地には大好きなロボットが居て、隣には大好きな人がいる。
嶋本は、真田甚の二つの思いを胸に歩き出した。
(おわり)
