ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編7
特救隊との合同訓練を終えてからというもの、嶋本はろくに真田と話ができずに頭を抱えていた。そもそも、歓迎会の後から真田から嶋本に話しかけることが減っていた。それがこんなにも話を出来ないとなると、避けられているとしか考えられない。合同訓練で、何か気に障ることでもしてしまっただろうか。それを聞くためにも話をしなければならないと嶋本は考えた。
しかし、避けられているのだとすると、二人きりだと分かれば断られる。嶋本はうまくいくかもしれない誘い文句を用意してから電話をかけた。電話に出なければメールをしようと考えていたが、真田は5コール目で出た。
「はい、もしもし」
「お疲れさまです。嶋本です。突然すみません」
「いや。どうした」
「あのね。マンゴー酒、飲みに行ってもいいですか?」
歓迎会の帰り、マンゴー酒を飲みに来ないかと誘う真田を、嶋本は『別の日に、皆で』と断った。真田はきっと、来るのが嶋本一人ではないと思い込む。
「……つまみが無いから、近くのコンビニででも合流しようか」
「了解です」
そして、コンビニで嶋本を見つけた真田の反応は思惑通りだった。
「一人か」
「一人です」
「……」
嶋本はめげない。こうなることも予測して、ダメ押しを用意していた。右手に持つビニール袋を掲げる。
「マンゴー酒と同じ宮崎県の地鶏の炭火焼、激ウマ」
「……」
嶋本は次は左手に持つ紙袋を掲げてニヤリと笑った。
「百年の孤独。完全受注生産制ですぐには手に入らない宮崎の芋焼酎。めっちゃ激ウマ」
「……それは、いただかないわけにはいかないな」
真田はぎこちない笑顔をのぞかせた。
ピーナッツとイカの塩辛だけ買ってコンビニを出る。道中は当然のように空気が重く、他愛ない話ではすぐに終わってしまった。やはり話すならばロボットの話だ。
「……真田さんは、俺と、ロボと、3人で。話をしたがるもんやと思ってました」
「ああ、あの時……。たくさん話せたか?」
「んー、まあ、道中ぼちぼちですね。うち着いたらすぐ寝たし……」
「嶋本こそ、ロボットと話をしたいものだと思っていた」
「こっち来るときめっちゃ話しましたもん。2度と会われへん覚悟しとったし……」
「そうか……」
そして沈黙が生じた。ロボットの話でも駄目となると、嶋本にはもう手がなかった。
真田宅に着いて、嶋本は他人の家に余計気まずくなった。
酒とつまみの用意をして腰を落ち着けるなり、嶋本は頭を下げた。せっかくの酒が不味くなってはいけないから、まず謝って話をしてしまおうと考えていた。
「今日は騙すような真似してすみません」
「いや……、うん」
真田は少し驚いた様子で、手持無沙汰を誤魔化すように、マンゴー酒に手を伸ばした。コルクを覆うように貼られたトロピカルな模様のシールをはがし、澱みない手つきで栓抜きを扱う。ポンと開け放たれた瓶から、マンゴーの仄かな香りが漂う。しかし二人にそれを楽しむ余裕はないようで、もしかしたら、気付いてもいないかもしれない。
「でも、俺一人やってわかったら断ったでしょう?」
「……わからない」
意外な言葉が返ってきた。しかしこれは、誤魔化すための言葉ではないと嶋本は直感した。きちんと話ができそうだ。
予め氷の入れられたグラスの一つに、真田がマンゴー酒をそそぐ。薄い黄色の液体が、氷を滑り落ちて溜まってゆく。嶋本はそれを見届けると、瓶を受け取りもう一つのグラスにマンゴー酒を注いだ。瓶を手近なところに置いて、しかし、乾杯の雰囲気ではない。
「基地じゃあんなに避けるのに?」
「……距離を取ったところでわからないなら、いっそ聞いてみようかと考えていた」
「わからない? 何が?」
「嶋本は本当にロボットを好きなのか」
「は?」
気の抜けた声を出す嶋本に対し、真田は真面目な顔付きで、グラスを持て余し、何かまだ言葉を探しているようだ。嶋本はとりあえず答える。
「言いましたよね。ロボに恋愛感情抱いてます、て」
「それにしてはそっけなかった。嶋本は、ロボットに会ったらもっと喜ぶものだと思っていた」
「はい。嬉しかったですけど」
「ほら、そっけない。だから、…………寂しいんだ」
言って、真田は肩を落とした。
「えええ、もう、何? 二人して」
「二人?」
「ロボには、そんな顔をさせないために何か記憶しておくことはないかと聞かれました。でも俺は、現状で大満足してるんです。ロボにも言うたけど、俺は、大好きなロボが破棄にならんかったらそれでええんです。ロボが大好きやから、大事やから、他に何も望まんだけです。今更ロボに俺のデータがないこと寂しく思わへんし、だからこそ嬉しい発見もあるんです。俺がロボに対してそっけなく見えて真田さんは寂しいかもしれんけど、俺は満足してるんです」
「嘘だ」
「嘘やないです」
「いや、データがないことを寂しく思わないなんて、嘘だ」
「嘘やないです」
「なんでそんなに頑ななんだ。好きな相手に自分の記憶がないんだ。寂しくないはずがない」
まったくその通りだった。しかし嶋本はそれを認めない。
「約束したんです。笑顔でおるって。寂しがっとったら、笑顔でおられへんでしょ」
なおも頑なな嶋本に「そうか。わかった」と答えると、真田はおもむろに立ち上がり、嶋本の横に来た。そして、嶋本の頭を自分の胸元に抱え込んだ。
「ちょ!」
抜け出そうとする嶋本を、真田は抑え込む。ならば嶋本はもっと暴れるだけだが、すぐそこには酒とつまみが並んだテーブルがある為、思うようにいかない。
「バカだな」
「は?」
「心を偽るから、隠しきれてないから、ロボットにも見抜かれる。寂しいなら寂しがればいい。無理して作った笑顔なんて、嬉しくない」
「放してください」
「俺が嬉しくないんだ。ロボットだって嬉しくない」
「放してくださいって」
「俺が寂しがればいいと言っているんだ。ロボットだってそう言う」
「放してっ……」
不意に解放されて、言葉が途切れた。しかし肩は真田に捕まれたまま。強い瞳に、嶋本は捕えられた。
「ロボットは騙せても、俺は騙されないぞ」
「……それでも俺は、これからも、何でもない振りをしていきます」
そらせない瞳に、嶋本はなんとか言葉を絞り出す。
「ロボットを騙し続けてもか」
「そんな言い方しても無駄です。隊長と再会した時、俺が何でもない振りをすることが、隊長を守る唯一の方法なんです。俺が無なら、隊長は何も学習せえへん。……それとも、隊長を破棄にせえへん画期的な方法を何かご存知ですか?」
「、……」
知るはずがないとわかった上で聞いた。卑怯な質問をした。また、卑怯なことをしてしまった。強い瞳が揺らいで、見てられなくなった。嶋本はすぐさま謝った。
「すみません……。強がる俺見て、皆が気ぃ使ってくれるんです。でも、心配されたところでやっぱり強がるしかなくて、心苦しい」
「だから、無理しなくていいと言ってる。寂しいなら、寂しがればいい」
「……人前で寂しがれと?」
「そうなるな」
「それこそ無理ですよ」
ようやく話が終わりそうだ。嶋本はそう思ったが、真田は食い下がった。
「……俺でも駄目か」
「は?」
「駄目か、俺では」
「隊長の替わりはいりません」
「……」
いつの間にか、真田の手は嶋本の肩から放れている。
「俺、真田さんとおったら、隊長を思い出すんです」
「うん」
「隊長とおったら、真田さんを思い出しました。隊長の話を聞いたら、真田さんのことばかり気になりました」
「……」
「前は、隊長の目から水が零れだしたら、平気で止まるまで逆立ちさせられました。でももう出来ん。だって、隊長、真田さんの姿してるんやもん。そんなしんどそうなこと、ようさせん」
「うん」
「俺、隊長が好きです」
「うん」
「でも、……真田さんのことも、好きです。……真田さんが隊長と同じ姿してるからやないです。真田さんやから好きです」
「……」
「真田さんが、隊長を好きな俺を好きになってくれたことは嬉しいです。でも、真田さんが隊長の替わりなんは嫌です。寂しいとき、そばにおってくれるのは、真田さんがいい――」
全てを言い終える前に、真田が嶋本を抱きしめた。先程のようにむりやり閉じ込めるのではなく、だけどしっかりと包み込んだ。
「うん。俺がいる」
「……なら、いいです」
嶋本も真田の背中に腕を回した。
