ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編6

 

 訓練終了後、当然のように飲み会が開かれ、そして、ロボットもその場にいた。
 ロボットには機救班員が、真田には特救隊員が群がった。どちらにも混ざらなかった嶋本に話しかけたのは南条基地長だ。
「ロボットと、話をしなくていいのか」
「はあ、まあ」
「データが復元されてるとしてもか」
「は? ……まあ、復元されてるんやったら話したいですけど、別に復元してへんでしょ」
「なぜわかった」
「……久しぶりって言われてへんから。データ復元されとるとしたら、向こうから来ますわ」
「そういうものか」
「俺にはね。仲良かったんで」
 言って嶋本はビールをあおる。
 南条はまじまじと嶋本を見つめた。賑やかな居酒屋で、そこだけが静寂に包まれた。
「あいつは破棄にはならない」
 南条が言った。「人間の脅威にはならない、お前がそう判断したからだ」
「……はい」
「だが、あいつはもう、何年になる?」
「隊長になってからだけで、9年です」
「そうだ。あいつも近々引退だ」
 その言葉に、嶋本はロボットを見た。
 こうして見ると、二人の違いは一目瞭然だった。ロボットの姿は、真田がまだ学生の頃の姿だ。
「真田さんに小皺があるはずですわ。そんなになるんですね」
 若い真田の姿をしたロボットを、嶋本は改めて眺める。
 真田さんは、なぜモデルを引き受けたのだろうか。
 なぜ、当時の真田さんがモデルに選ばれたのだろうか。
 当時の真田さんは、どんな青年だったのだろうか。
 真田さんはどんな思いで、このロボットを見てきたのだろうか。
 真田さんは今、どんな思いで、このロボットを見ているのだろうか。
「どうかしましたか」
 ロボットがよく通る声で言った。その声に皆、ロボットの視線の先を追った。
 そこにいたのは、気まずい表情の嶋本だった。
「どうもしません。……見とっただけです」
「そうですか。何かあるから見られているのかと思いました」
「何もないんで、お気になさらず。どうぞ、そちらの話を続けてください」
 そして嶋本は皆の注目から逃れた。しかし、
「ずいぶん他人行儀じゃないか」
 と、次は真田がよく通る声で言うものだから、嶋本は再び注目の的になった。勘弁してくれ。嶋本は、テーブルに突っ伏してしまいたいところを、心の中で崩れ落ちるだけにして堪えた。
「他人行儀です。そりゃそうですよ、今日が初対面みたいなもんですからね」
「そんなの、寂しいじゃないか」
「……は?」
「俺は寂しい」
「知らんわ! なんでロボと俺の会話で真田さんが寂しなるねん! 会話の外の人のことまでよう汲み取らんわ!」
 嶋本のツッコミに、ロボットと真田以外が笑い出す。それでも真田は話を終わらせはしなかった。
「でも、以前はこんなに堅苦しい話し方じゃなかったじゃないか。こんなの、寂し――」
「おまえは、何様じゃ! 俺か!? ちゃうやろ!!」
 次は爆笑が生じ、真田はさらに何かを言っていたがかき消された。
 嶋本はほっと胸を撫で下ろした。寂しいなんて思いを、人前で露呈するなんて恥ずかしすぎる。それに、確かに以前と同じように話ができないことが多少寂しくはあったが、それは打ち消されていた。
「どうかしましたか」と聞いてきたロボット、「何かあるから見られているのかと思いました」と言ったロボット。それは、嶋本の知っているロボットそのものだった。ロボットが変わっていないことがわかり、嶋本は嬉しかった。
 笑いがやんで、再びもとの話のグループが出来上がったのを確認して、嶋本は南条に聞いた。
「ロボ、引退したら、もう会えないんですかね」
「破棄にはならない。まだそれだけしか決定していない」
「そっか……」
 次こそ、嶋本の胸に寂しさがこみ上がる。
 引退したらどうなるのだろうか。
 レスキューの世界から退くだけだろうか。まさか船上勤務というわけにはいかないだろうから、陸上勤務だろうか。レスキューロボにできる陸上勤務があるのだろうか。
 どこかの企業に渡ってしまうのだろうか。そうなってしまえば、きっともう会えない。
 会えない状況であれば、きっと情報も流れてこないだろう。
 身内であればこそ、真田さんはロボットの情報を得ることができたのだ。真田さんも、寂しくなる――
「悪いんだが、嶋本」
 考え込んだところへ、南条が話しかけた。
「ロボットを送ってくれないか。皆帰る方向が違くてなぁ」
「え……、俺も宿の方向違いますけど」
「今からだと、送り届けられても最終には間に合わないからなぁ。お前ならロボットと一晩過ごすのなんてわけないだろ」
「いやいやいや、自分のケツは自分で拭ってくださいよ。佐々木で良いじゃないですか」
 この言葉に、南条は嶋本の頭を片手でがっと押さえつけ、小声で言った。
「お前は聞きしに勝る強情っぱりだな。今日が最後になる可能性もあるから時間作ってやると言ってるんだ。いいな」
 そして、嶋本はロボットを送り届けることになった。嶋本は真田にわけを話し、一緒に行こうと声をかけたが「やめておこう」と断られた。


 何年ぶりかのロボットの家は相変わらずだった。家路でロボットの方からいろいろ聞かれ話をしたため、嶋本は思いがけずロボットと打ち解けることができていた。これで気まずい一夜を過ごさずにすむ。
 そう考えていたが、うまくはいかなかった。
 布団に潜り込んだ嶋本を、ロボットは横に正座して眺めこむ。
「あの、そうされると非常に寝にくいんですけど」
「では俺も横になろう」
「そうですね。それが良いです。……けど、俺だけ布団ってのも気を使います」
「気にするな。問題ない」
「いやでも、床やし……」
「ロボットは体を壊すことはない」
「んー、いや、あかん。だって、ロボット言うても、見た目が真田さんですもん。俺の気がすまん。布団もう一組ないんですか」
「ない」
「ほな、かけるもんだけでもありませんか」
「夏用の掛け布団がある」
「じゃあそれ被って横になってください」
「わかった」
 ロボットは押入れから掛け布団を取り出すと、横になって布団をかぶった。嶋本はそれを確認してから目を閉じた。
「俺が寝たの確認してさっきの体勢に戻るとかやめてくださいよ」
「わかった」
「俺が起きる時間に合わせて朝ごはん用意してくれるのは大歓迎ですよ」
「出前でいいか」
「いやです。てか、朝やってないです」
「コンビニ弁当で良いか」
「一人で基地以外の場所行っちゃだめです」
「では無理だ」
「残念」
「すまない」
「あはは、冗談ですよ」
 横にはロボットがいて、布団が気持ちよくて、嶋本はふぅと息をついた。すると、
「寝たか?」
 と、ロボットが聞いてきた。
「起きてます。どんだけ早いんですか」
 笑いを堪えて嶋本は答えた。しかし対するロボットの声は、嶋本にはひどくまじめなものに聴こえた。
「もう少し話をしても良いか」
 嶋本は目を開けて、ロボットの方に体を向けた。
「どうぞ」
「……嶋本に関するデータが、今日のものしかない。きっと理由があるのだろう」
 この言葉から、嶋本は自分が以前副隊長をしていたことを誰かから聞いたのだろうと判断した。そうでなければ、嶋本に関するデータが今日のものしかない事はなんら問題がなく、ロボットはこんなことを言い出さない。
「しかし、記憶しておかねばならないことはなかったんだろうか」
「ありませんよ」
「では、記憶しておくべきだったことは?」
「……ないんちゃいますかねぇ」
「では、記憶しておいてほしかったことは?」
「……んー、なんでそんなこと聞くんですか」
「覚えておくためだ」
「なんで覚えておくんですか」
「嶋本にそんな顔をさせないためだ」
 その言葉に、嶋本は慌てて頭まで布団を被った。そして嶋本は、ロボットが上体を起こして覗き込んでいる気配を察した。
「お気遣いなく。俺がどんな風に見えてるかは知りませんけど、隊長に俺のデータがないからこそ嬉しいこともたくさんあるんですよ」
 今だって嬉しい。気にかけてくれてることが嬉しい。以前と変わらないことがあると嬉しい。以前と同じ言葉をかけてもらえると、それはもう嬉しい。
「本心はね、全部覚えといてほしいですよ。でも、その必要はないんです。昔もね、隊長、そんな顔をさせないためにはどうすればいい、って聞いてきたことがあって。やっぱり俺は、忘れてください、その必要はありません、と答えました」
「本心と違うじゃないか」
「めぐりめぐって本心なんです。そうすることで、大好きなロボットを守ることができる。隊長が破棄されるんだけは嫌や。それが俺の一番の本心―― ぅわ!」
 おもむろに掛け布団をはがされた。隠していた顔が露になる。
「……暗くて表情がよくわからないな」
「ちょ、もー! 返してください」
「返したらまた隠すだろう。返さない」
「返してくれんともう口ききませんよ!」
「それは困る」
 嶋本は差し出された布団をもぎ取ると、再び頭まで被った。
「別に、覚えといてくれんでええし、絶対誰にも話さんでほしいんですけど」
「うん」
「せっかくなんで言わせてもらうと」
「なんだ」
「……隊長のことが好きです」
「さっきも聞いた」
「え、言いましたっけ」
「大好きなロボット、と」
「ああ、言いましたね。まあ、うん。大事なのは次です。隊長と同じくらい、真田さんのことが好きです」
「そうか」
 うなずいたロボットの声色は、これまでのと変わらないものだった。布団から目までを出して様子を伺うと、ロボットは柔らかい表情をしていた。そして一言。
「悪い気はしない」
 そう言った。
 まるで人間のようなその言い回しに、
「あれ、真田さんちゃいますよね? ロボですよね?」
 と聞くと、ロボットは「うん」と答えた。

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