ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編5

 

 真田は、あまり嶋本に話しかけなくなった。元より口数が少ないので、嶋本から話しかればその事実は誰にも気付かれなかった。
「特救隊との合同訓練の日程が決まった。ちょうど一ヵ月後や。基本は叩き込んであるし、お前らんこと信じてへんわけやないけど。一応、合同訓練に向けて、訓練、強化しよか」
 嶋本がニッと笑って言ってみせると、「え〜」と非難の声が上がった。しかし星野だけは嬉しそうで、「特救隊は何隊が来るんですか?」と意気揚々と質問してきた。
「3隊」
 言うと、星野はパッと顔を輝かせた。
「やとええなぁ」
「え〜」
「当日までのお楽しみや」
 午前の訓練を終えると、隊員たちは星野のもとへ群がった。なぜ3隊が良いのか聞くためだ。
 嶋本はすかさず姿をくらませた。きっと、じきに真田さんが話に巻き込まれ、次は自分が巻き込まれる。真田の前で、ロボットのことにはあまり触れたくない。嶋本はそう考えた
 そして、作戦が功を奏したのか、他の空いた時間で嶋本にロボットのことを聞いてくる者は少なかった。

 合同訓練当日。
 出迎えが佐々木で、嶋本は天を仰いだ。合同訓練は、3隊とだ。
 ロボットに会いたくなかったと言えば嘘になる。しかし、会いたかったと言っても嘘になる。
「久しぶりやな」
 言えば、佐々木は「お久しぶりです」と律儀に返してきた。
「今日は少し冷えるな」
 嶋本が鼻をずずとすすると、珍しく佐々木が心配をあらわにした。
「大丈夫ですか」
「ああ、まあ。後で薬飲んどくわ」
 ずずず。
 言われるまでは気にならない程度だったが、言われてみると一気に気になる。
「けっこうずるずるしてますね。匂い、あまりわからないっすかね?」
「んー? そやなぁ。鼻利かへんかもなぁ」
「お大事にしてくださいよ」
「大丈夫や」
 これだけ初期の風邪ならばすぐに治せる。それよりも嶋本が気になるのは、ロボットだ。
 頼むから、隊長ならば出しゃばらずに指導に徹してくれ。
 しかしその願いは、訓練開始後すぐに敗れることとなった。目隠し逆立ちで往復50メートルした後、目隠しのまま並んだ隊員の中からバディを探り当てたら晴れてゴールという訓練。
「中にはこれを、変態体操と呼んでいた人もいるようです」
 この言葉に、隊員達からわずかに笑いが起こる。あの佐々木が冗談のようなことを言えるようになっているなんて。そんな親心がわき上がってきたのも束の間、次はロボットが口を開いた。
「ゴールに立つ者は4人だが、制限時間を設けるため、嶋本さんが走者の時に限り、ゴールに立つのは私とそちらの真田さん2人のみとする」
「……は?」
 いやいやいや。無理やろ。
 これには嶋本も途方に暮れた。
 表情や声の抑揚から二人を区別することはできる。しかし、目隠しで、話もせず、ただ突っ立っているだけの二人を区別し判断しろだなんて──
 頭をフル回転させていると、場は一瞬でお祭り騒ぎになった。
 嶋本も、これが自分の身に降りかかっていなければ楽しくてしかたがない。だって、二人は、改めてまじまじと見比べても、造形に違いがないように見える。それを触っただけで区別できたら。それはもう本当に変態だ。
 変態と呼ばれるのは癪に障るが、しかし、区別出来ずとも汚名になる。

 ちっ。やったろうやないか。造形に違いがないんやったら、他で区別するだけや!

 そして、嶋本の番は、当然のように最後だった。

 嶋本は少々苛ついた。
 皆の楽しそうな顔が、何より、二人して上着を脱いでいる真田が。嶋本を苛つかせた。
 上着を脱いでいるということは、区別するのに最も容易であろう隊服と言う手段を奪われたということ。
 スタート地点で目隠しをすると、速やかにスタートの合図が出された。嶋本は少しでも時間を稼ぐため全力疾走した。
 ゴール地点に着くと、星野の無邪気な声が飛んできた。
「すごい! ここまで最速ですよ!」
 しかし嶋本は無視した。
「星野、俺を二人の正面中央に誘導しろ」
 嶋本はあらかじめ、二人に自分の真正面に来てもらえるか確認したが、足音でわかるかもしれないからと却下された。あくまでも触ってわかれと言う事らしい。
 誘導されると、嶋本はまず、二人の手首をそれぞれ掴んだ。
 肌触りの違いはわからない。体表面の温度は……、同じくらい。次は脈──双方ある。
 嶋本は一旦手首を離して、自分の手を二人の口元に持っていった。呼吸は──双方している。
 ロボットは、普段は脈なんてものはない。息もしていない。必要ないからだ。
 体温は、このロボットをロボットだと知らない『要救助者がいる現場でのみ』36度5分にするよう、嶋本自身が羽田を離れる前に設定しなおした。1つでも多くのことをしていると、それだけ処理に時間がかかる。だから、羽田を離れる前、嶋本はそう言った無駄を徹底的に排除した。そしてそれらは、直接救助には関係のない事ばかりだったため、特に引継ぎはしなかった。
 それなのに、体表面温度も脈も呼吸も揃っているなんて。どうやら佐々木は、真面目に副長業務にあたっているらしい。
 表情はわからない。声も聞けない。触って判断できる数少ない道は閉ざされた。
 どうすれば良い。触ってわからなかった者は、どうやってクリアした──
 ひゅるりと冷たい風が吹いた。
 ずずと鼻をすする。そして嶋本は、佐々木の言葉を思い出した。『匂い、あまりわからないっすかね?』佐々木は風邪を心配したのではなく、訓練を心配したのか。
 しかし、鼻が利いたところで、嶋本は真田の匂いなんて、覚えていない。抱きしめられ時も、キスをされた時も、それどころじゃなかった。
 何か特徴的な匂いは……。
──あ、煙草。
 めずらしく訓練前に吸っている姿を目撃していた。とは言え短時間。
 残っていてくれ。
 そして俺の鼻よ、利いてくれ。
 なりふりかまわず匂いをかぐ姿に、ギャラリーからからかいの声が飛び交った。
──ああもう。なんで今日に限って風邪気味やねん。
 願いむなしく嶋本の鼻はきかなかった。
 こうなるともう、さっぱりわからない。
「残り1分」
 カウントダウンが始まった。ギャラリーはいっそううるさくなっていく。
 嶋本は、前に立つ人物の腕から頭から至る所を触った。触りながら、最終手段を思いついたが、それは逃げのようでやりたくなかった。
「残り30秒」
 顔を触っていると、目の辺りで動きがあった。両方確認して、嶋本は、ぽろりともらした。「あ、こっちや」
「こっちがうちの真田」
 すると、ギャラリーから楽しそうに聞かれた。
「ファイナルアンサー?」
「古っ! うざいし! 俺がこっちっつったら、こっちや!」
 すると、佐々木が言った。
「クリアです」
 そして嶋本はようやく、目隠しをはずした。
 見上げた真田は嬉しそうにしていた。
「あー、良かった。最終手段使わんで済んで」
「最終手段?」
「ええ。こりゃもう股間さわるしかないなー、と」
 その言葉に、真田は嶋本の頭をはたいた。
「なんでわかったんですか?」
「俺も知りたいです」
 星野が聞いてきて、佐々木が便乗した。
 説明が面倒だったので、嶋本はおもむろに二人の目を手のひらで塞いだ。
「ぅわ、何するんですか」
「今二人共目閉じとるやろ」
「え、はい」
「そういうこっちゃ」
 言って、嶋本は手を離した。二人はそろりと目を開ける。
「隊長は目を閉じなかったんですか?」
 佐々木が聞いた。
「いや、閉じたで。でも、すぐ開けた。まぶたとまつげの動きで瞬きを判断できた」
「なるほど」
 関心しきりの佐々木に、嶋本はひとつ疑問が生じた。
「佐々木さん。特救さんらは、この課題どうクリアしたんですか? まさか特救さんらでできひんこと、させたりしませんよねぇ?」
 すごんでみせると、佐々木は少々どもった。嶋本はまだまだ佐々木にとって軍曹らしい。
「お、音です」
「音?」
「今は正常なので、耳をくっつけてしまわないと聞こえないんすけど。隊長、普段から人とは全然違う音がしてます」
 嶋本はロボットの手首を失礼して耳に当てた。フリーズしている時のようなカリカリという音ではなく、ジーという淀みない音が聴こえてきた。一方、自分の手首を耳に当ててみると、ゴーという、ロボットのものより低く重い音が聴こえてきた。
「ほんまや。全然違う」
 耳の使い方を、声に、言葉にとらわれてしまった。
 悔しい。
 佐々木の成長は嬉しいけれど、上を行かれてしまったようで悔しい。

 寂しい。
 ロボットは、すっかり自分の手をはなれてしまった。

 ロボットが号令をかける。なんだか、以前よりも隊長然としている。
 高嶺が頑張ってくれたのか、佐々木が頼りないのか。

 しかし、そんな感傷に浸っていられるのも束の間。厳しく辛い訓練が繰り広げられた。

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