ロボと心と愛のカタチ 機救編 後編4

 

「おはようございます」
「おはようさん。今日早ないか?」
「はい」
 星野はあたりを覗うと、小声で聞いた。
「真田さんの歓迎会ってしないんですか」
「……言いだしっぺが幹事やで?」
「喜んでやりますよぉ! したいですもん」
「幹事を?」
「真田さんの歓迎会を!」
「……ひよこ時代から思とったけど、お前、真田さん大好きやなぁ」
「ずっと憧れてましたからねぇ」
「ロボに?」
「人間の真田さんに!」
「人間の真田さんに、ずっと?」
「地元が一緒で、中学からずっと憧れの先輩です」
「へ〜。そうか、真田さんにも子供時代あるわなぁ……」
「海保大に入って、いざ徹底的に真田さん追いかけようとしたら、海外に派遣されてる説と特救隊説があって。海外の同じ場所に派遣なんて難しいだろうから特救隊に進んだら、真田さんいたはいたけど、ロボットじゃないですか。きつねにつままれた感じですよね。まあ、本物に会ったことも見たこともないんで、ロボットだとも思えませんでしたけど」
「本物……」
 嶋本にはロボット・真田甚の存在が先にあって、そこへ人間・真田甚が現れたが、星野には逆なのだ。
「俺にはどっちも本物やけどなぁ」
 星野にはロボットは偽者なのかとしんみりしたところで、当の本人が出勤してきた。
「真田さん! おはようございます!」
 嬉しそうに挨拶をしたのは星野だ。
「真田さんの歓迎会をしようと思うんですけど、何か食べたいものはありますか?」
「歓迎会? ありがとう。そうだな、……何でもいい。いや、マンゴー酒が置いてある店がいいかな」
「マンゴー酒ですか?」
 キーワードに眉をしかめた星野を放置して、真田は嶋本に視線をよこした。
「嶋本も来てくれるのか?」
「もちろん。全員参加ですよ!」
 嶋本が笑顔で答えると、真田は一瞬だけ嬉しそうに微笑んだ。

 星野は歓迎会にマンゴー酒を置いている店を見つけられなかった。すみませんと申し訳なさそうに謝る星野に、真田は「気にしなくていい」と笑った。しかし嶋本は、真田の瞳が一瞬だけ悄然と揺らいだことを見逃さなかった。
 歓迎会当日、マンゴー酒がなくとも場は盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。
 駅近くの交差点で解散する。嶋本と真田は二人自然と駅へと歩き出した。
「嶋本、今日は大荷物だな」
 真田がそう言うと、嶋本は「せやせや!」と楽しそうな声を出した。
「真田さん、マンゴー酒ほんまは楽しみにしとったでしょう?」
「いや、」
「隠そうとしたって無駄ですよ〜。俺にはばればれです。はい、これ」
 そう言って嶋本が差し出した大きな紙袋の中には、白い箱が2つ入っている。
 真田は紙袋を受け取ると、その重さに確信した。
「もしかして、マンゴー酒か?」
「はい」
「……そっけないパッケージだな」
「んなわけありますか! それあけたら更に箱入ってます。そっちのが持ち運びするには安定するんでね」
「そうか。見てもいいか?」
「いやいや。家でゆっくり見たらええですよ」
 嶋本のその言葉に、真田は目を見開いた。
「持って帰っていいのか?」
「は? もちろんですよ! そんなでかくて重いもん、渡さへんのに持ってきますか!」
「そうか。ありがとう。わざわざ探してくれたんだな」
「いや、すぐ見つかりましたし、自分も飲みたかったし、ええですよ」
「それで、いくらだ?」
「……いくら、とは?」
「値段。いくらしたんだ?」
「お! 値段気にするやなんて、真田さんもなかなか関西ナイズされてきましたねぇ」
「……そうか? 普通じゃないか?」
「いやいやいや! 二言目に値段出てきたら、りっぱに関西のおっちゃんですよ! しかも大阪よりの! でもねぇ、もらいもんの値段聞くんは野暮っちゅうもんですよ」
「だが、教えてもらわないことには払えないだろう」
「……はい?」
「……ん?」
 二人してきょとんと固まる。
 先に動き出したのは嶋本だ。
「それ、あげる、言うたやないですか。俺が勝手に買うて、勝手に押し付けてるんです。真田さんは貰っといたらええんですよ」
「貰えるとは聞いてない」
「言いましたよ」
「いや、聞いてない。はい、と言って渡されただけだ」
「その後、貰っていいか聞いてきたやないですか」
「貰っていいかとは聞いてない」
「聞きましたよ!」
「聞いてない。持って帰っていいかは聞いたが」
「だからそれが、」
 貰えるのかという確認には、真田にはならないのだ。ロボットと同じだ。言葉を正しく使い、正しく受け取る。それだけだ。
 嶋本は、はぁ、とひとつため息をついた。
「そうですね。俺、あげるって言うてませんでしたわ。差し上げます。どうぞお納めください」
「……ありがとう。しかしやはり、ただ貰うには気が引けるな」 「それのお礼とか、いりませんからね」
「……そうか」
 そして真田は口を閉ざした。嶋本は、ようやく話が終わったとほっと一息ついた。
 しかし、少しして真田が発した言葉はこうだった。
「じゃあ、一緒に飲もう」
「いや、ほんまに。気ぃ使わんでください」
「使ってない。ただ、何かしないと気が治まらない」
「ああ……」
 確かに。なんでもないのにいきなり物をもらって、気にするなというのは無理な話だ。嶋本はしぶしぶ返事をした。
「まあ、そういうことなら」
 しかし、嶋本は深くは考えていなかった。一緒に飲むという事はつまり、
「今からうちへ来れるか?」
 そういうことだ。
 以前嶋本は、真田に好きだと言われキスをされた。そしてそれに対して、「好きにならないはずがない。嬉しくないはずがない」と言ってしまっている。
 自分の好きな相手がロボットであることもはっきり伝えてはいるが、いい年の大人だ。酒だけ楽しく飲んで、ハイさようなら、とはいかないだろう。
 嶋本はできるだけ、真田と二人きりになってはいけないと考えていた。
「今からは……。せや! うちにある酒も持ち寄って、別の日に皆で! ……とは、いきません、かね?」
『皆』の言葉が出た途端真田の瞳が陰った。まるで悲しいような、寂しいような、傷ついたようなその瞳に、嶋本は胸が苦しくなった。
「すみません……」
「いや、無理しなくていいんだ。嫌なら嫌だと言ってくれたらいい」
「まさか! 嫌なわけ、ないです」
 本当は凄く嬉しい。どうなってもいい。凄く行きたい。
 しかし、そうしてしまっては。真田に対しても、ロボットに対しても失礼だ。嶋本は、真田に対しても、ロボットに対しても、罪悪感を抱くことになる。
「真田さんは何も悪くないです」
 本当にロボットを愛しているのなら。ロボットと真田の区別が容易につくのなら。ロボットへの愛を貫いてしまえばいいだけなのだ。それなのに嶋本は、真田の想いを嬉しく思ってしまっている。真田の想いを、無視できずにいる。
「俺が卑怯なんです。すみません」
「卑怯なのは俺だ」
 言うなり、真田は嶋本の手をとり走り出した。近くの暗がりへ入り、乱暴に唇を重ねる。
 嶋本は、うっかり応えてしまわないよう、全身に力を入れた。拒否してしまったら、ロボットを否定してしまっているようで、拒否もできなかった。それに何より、やっぱり、嬉しい。
 唇が離れると、真田は言った。
「嶋本が好きだ。ロボットのかわりでもいいんだ」
「そんなん、あきません。そんなん、言うたらあきません。……これ以上、俺を卑怯なやつにせんでください」
「……すまない」
 気まずい沈黙が流れた。しかしすぐに、真田が口を開いた。
「これ、ありがとう」
 真田はマンゴー酒の入った紙袋をわずかにかかげて見せると、じゃあ、と言ってその場を後にした。

 

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