彼女の名は、 1

 

「嶋本のやつ、女ができたんじゃないか」
 とは、すでに3回聞かれた。
 3回目に聞かれた時はその場に黒岩さんもいて、「それはない」と断言した。
「俺が気付かねぇはずねぇよ」と。
「真田も、嶋本から何も聞いてねぇだろ」
「はい」
「ほらな。あいつが、真田に報告しないと思うか?」
 しかし、質問者は引かなかった。
「でもあいつ、最近就業後そそくさと帰るだろ」
それは、うちでご飯を作ってくれているからだ。しかしこれを言うわけにはいかない。怒られる。
「それに、何人か電話を聞いてる」
「電話?」
「女との」
「本当か!? 詳しく聞かせろ!」
 食いついたのは黒岩さんだ。
「いや、俺も聞いた話だから詳しくは……。でも、相当振り回されてるっぽい。どしんたん急に〜、とか。機嫌直してくれ〜、とか。そういうことばかり言ってるって」
「そいつは確かに、男相手に言うセリフじゃねぇなぁ」
 黒岩さんは、腕を組んで険しい表情になった。
 確かに、「どしたん、急に〜」は、二人きりの時ふいに甘えたら言われる言葉ではある。しかし、電話で言われた事はない。と言うより、嶋本は滅多にため口にならない。
「真田」
 黒岩さんは腕組みを解くと右手を俺の肩に乗せた。
「やっぱり、本人から聞き出すならお前が適任だ」
 そしてその夜、さっそく聞いた。黒岩さんに頼まれずとも、確認する。嶋本を疑っているわけじゃない。嶋本に女を作る暇がないことなど、自分が一番よくわかっている。なぜこのような噂が流れているのかが気になった。
「嶋本、女ができたか」
 唐突に聞くと、嶋本は、驚いたような、呆れたような、怒ったような顔になった。
「真田さんもですか」
 も、と言うことは、既に誰かから同じことを聞かれている。ならば、話は早い。
「俺ら、四六時中一緒におりますやん。いつ作るんですか、女なんて」
「うん。俺もそう思う。だが、皆が聞いた嶋本の電話は何だ」
「知りませんよ。俺、女性となんて長い事電話してへんし。ほら」
 言って、嶋本は携帯電話をよこしてきた。ご丁寧に、着信履歴の画面を表示してくれている。
「……イガさんと母親くらいのものだな、女性は」
「ええ。発信履歴なんてもっとすごいですよ」
 すごいらしい発信履歴を表示する。そこに並ぶのはほとんどが『真田甚』で、他は基地と高嶺くらいのものだ。
「ね?」
「ああ」
「なんなら、メールも見ます?」
「いや、いい。疑ってるわけじゃない」
「……すんません」
 嶋本はなぜか謝って俯いた。その顔を覗き込むと、目をそらされた。構わずにキスをする。一瞬見開いたその目は、心なしか潤んでいた。

「嶋本のやつ、女ができたんじゃないか」
 4回目に聞かれた時、羽田基地はこの話題で持ちきりになっていた。その頃には、嶋本のあやしい発言も多数聞かれており、確信に満ちていた。
 嶋本のあやしい発言はこうだ。
「え、ちょっ。いきなり!?」
「どしたん、急に〜」
「ええ〜、うそん。ありえへん」
「いやいやいや、俺何かしたか? してへんやろ」
「ま〜だ機嫌悪いんか。どうしたら機嫌直してくれるん」
「お。今日は機嫌ええなぁ」
「うーわ、またか。どないしたんや〜」
「お〜い。いい加減機嫌直してくれ」
「今日ひどいなぁ。全然元気ないやん」
「元気出してくれ〜。お前に元気がないと俺めっちゃ困んねん」
「ほんま最近どないしたん」
 そして、これらの発言から、『彼女は相当なわがままで気分屋』『そんな彼女だけどぞっこんな嶋本』と推察。最近彼女が元気なくて困ってるのに一人で頑張ろうとしている嶋本の相談相手くらいにはなってやれないか。と、話はそこまで発展していた。
 盛り上がる隊員たちに、全て勘違いであると説得を試みる。
「しかし、嶋本は彼女の存在を否定している。否定する理由がわからない。彼女なんて本当にいないんじゃないか」
「じゃあ、俺たちが聞いた嶋本の電話はなんだよ」
「本当に電話していたのか? 今の話を聞いていたら、皆一言ずつしか聞いていないじゃないか。電話している姿も見ていない」
「……電話盗み聞きなんて、趣味の悪ぃことしねぇよ」
「嶋本がケータイを見せてくれたことがある。女性との履歴は、母親とイガさんくらいしかなかった」
「履歴なんて消せば良いだけだろ」
「なぜ消す?」
「知られたくないから?」
「嶋本は、知られては困るような後ろ暗い恋愛をしているのか」
「……キャバ嬢とか」
「そうか。では、キャバ嬢だとしよう。嶋本のケータイにその人の履歴が残っていたとして、我々がその履歴を見たとしよう。その履歴から彼女がキャバ嬢だとわかるのか」
「それは……わからねぇよ」
「やはり、勘違いなんじゃないのか」
「じゃあ、俺たちが聞いたのは何なんだよ」
「それは……なんだろうな」
 話が元に戻り、説得は失敗に終わった。
「嶋本のことだから照れくさくて隠してるって可能性もある」
「……なくはないな」
 そして、話し合いにより、やはり、話を聞きだす役に当てられた。
 話を終え、ぞろぞろと更衣室へ向かう。ドアに手をかけたところで、嶋本の声が聞こえてきた。
「えええ、俺、めっちゃ大事にしてきたよなぁ……」
 皆思わず息をのみ立ち尽くす。
「ここらが潮時かなぁ……」
 嶋本のこの言葉に、いてもたってもいられなくなって更衣室へ飛び込んだ。
 ドンと雑に空けられたドアに驚いた嶋本は、目を点にして、こちらの様子を覗っている。
 そんな嶋本に構わず、嶋本の手の中のケータイを奪い取る。
 履歴を確認。しようにも、画面は真っ黒だ。電源を切られている。
 ケータイを返すと、自分のロッカーへ向かった。
 それを合図に、他の者も更衣室へ入ってくる。
 気まずい空気の中堂々と話をできるつわものは、黒岩さんだけだ。
「どうだった」
 まだいる嶋本に構わずに、問う。
「何もわかりませんでした」
「わからんとはどういうことだ」
「電源が切られていました」
「そいつぁますますあやしいなぁ。話、聞いてやれよ」
「……はい」

 

(つづく)

 

彼女の名は、 2>>

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