ハネダの鐘つきカビ人間 3
カビ人間には、鐘つきの他に一つだけ日課がある。
毎朝、鐘つき堂の最も見晴らしの良い場所、その一歩分横の足元に、一つ石を並べる事。既に石が七つ並んでいる朝のみ、六つを階段のふもとに放り投げリセットする。カビ人間はそうやって、一週間を数えている。
今日はリセットの日。リセットの日は、ミサの日。前回のミサの日は、シマに会えた。もしかしたら、シマは今日も来るかもしれない。カビ人間は、そんな期待を胸に抱いた。
カビ人間は、悲痛なシマの叫びを思うと、とてもシマの家に行けなかった。自分から会いにいけない以上、教会で会えないのであれば二度と会えない。
カビ人間はほとんど祈るようにして、ミサの終了を待った。教会を出入りする者は一人残らず確認したが、その中にシマはいなかった。しかしこれから来るかもしれない。前回会ったのは、ミサ終了後だ。カビ人間は教会には入らずに、鐘つき堂で待った。前回シマは結局何もお祈りできないままに教会を去ることになったのだ。今回は、きちんと最後までお祈りができるように、自分が邪魔にならないように、カビ人間は精一杯配慮することを心に決めていた。
しばらくすると、シマが来た。カビ人間は喜びと安堵で胸がいっぱいになった。
教会のドアがきちんと閉まるのを待って、カビ人間は階段を下りた。一番下の段に腰掛けて、シマを待つ。
シマのお祈りは短かった。
ガチャ、とドアが開く音に反射して、カビ人間は立ち上がった。
「やあ」
その声に、姿に、シマは驚いたような、だけど予想がついていたような、嫌そうな、そんな形容しがたい表情になった。そして一瞬にして、何も見ていないかのような顔をして歩を進めた。しかしそれはカビ人間によって二歩目で止められた。
「待って」
言ってカビ人間はシマの腕を掴んだ。
「少しだけで良い。話がしたいんだ」
シマは背中を向けたまま、答える代わりに首を横に振った。
「お願いだ」
シマはやはり、首を横に振った。
「なぜ?」
シマはうつむいた。シマが答えないので、カビ人間は推理する。
「シマは、話す事が嫌いな訳ではない。シャイなわけでもない。なぜなら、初めて会ったとき、そんなそぶりも見せずに喋ってくれたから。そして、俺がカビ人間だからでもない。なぜなら、二回目にあった時も、シマは話しかけてくれた」
シマはそこで、掴まれたままだった腕を振りほどいた。しかし、その場を去るわけでもない。ただ、ほとんど睨みつけるような強い瞳でカビ人間を仰ぎ見た。
カビ人間はよくわからないまま、目が合ったことを了承と受け取り、本題に入った。
「ぴったりが何なのかは、聞かない。でもそれは、俺の姿を見て出た言葉だな?」
シマはためらいがちにこくんと頷いた。
「町中の人が俺を嫌うのは、この姿のせいか?」
シマはこくんと頷いて、一度目があってからすぐ、首を横に振った。
「どっちだ?」
その問いに、シマはうつむいた。
「どっちも、か」
シマはこくんと頷いた。
「では、もう一つの理由を聞かせてくれないか」
シマは再びうつむいた。
カビ人間は、一言も発してくれないシマにただただ戸惑った。しかし気付いた。シマの手が、握り拳になっている。きっと、悔しいのだ。何かが。
「悔しいのか?」
するとシマは、強い瞳をカビ人間に向け、今までの沈黙が嘘のように叫んだ。
「俺は、本当のことしか言われへん!」
そして悔しそうに続けた。
「町中のみんなが、未来のお前を愛しとる! お前を、バラの様に美しい、言うとる! せやけど俺には、醜く見える! やから俺は、お前になんか一片の興味もない! ほんまは、話なんかしたくない!!」
そして、舌打ちをして去っていった。
カビ人間はひどく落ち込んだ。シマが自分を酷く思っていたこともショックだが、言った張本人が傷ついたような顔になったことがショックだった。
自分なんかの話を聞いてくれる、自分なんかと話をしてくれる大切な人に、自分はそんな顔しかさせられないことが、情けなくて仕方が無かった。
