ハネダの鐘つきカビ人間 9

 

 シマは五日間町中を歩いたが、カビ人間の容姿についてはまったく聞こえてこず、半ば諦めかけていた。
 自分の疫病の厳密な症状がわかったところで、何か変わるわけでもないし。本当は皆にもカビ人間が醜く見えてへんとして、なんでわざわざ醜いなんて嘘を言うんかも、大体想像がついた。皆カビ人間を憎んどるから、カビ人間を酷い奴やと思とるから、誰も近づかせたないんや。
 シマはこの五日間でカビ人間の容姿について何度も考えたが、答えはいつもそこにたどり着いた。そして今日も考えながら歩いていると、どうも前方がざわつきだした。何事かと思い注意して前方の様子を覗えば、なにやら手をふって叫んでいる男と、前髪に緑色のメッシュが入った天使がこちらへ向かって歩いてきている。
 いや、あれは兵悟に盤。相変わらず恥ずかしいやっちゃな。
 兵悟は目が良いので、いち早くシマを見つけて呼んでいるに違いない。しかしそれだけで道行く人はざわついたりしない。兵悟の隣の人物が、天使だからざわついているのだろう。盤こそが、疫病によって背中から天使の羽が生えた者なのだ。その羽で空を飛ぶ事はできるが、他に天使らしい事はもちろん何もできない。
 シマは引き返そうか迷ったが、なんとか話をしてみるのも良いかもしれないと考えた。
「シマさん、お久しぶりです!」
 ある程度の距離までくると、兵悟はシマのもとへかけつけた。
「おう」
 『久しぶり』の対義語って何やろう。そんなことを考えつつシマはそれだけ返事をした。
 少し遅れてやってきた盤も「お久しぶりです」と言ってきたので、シマはやはり「おう」とだけ返事をした。すると、盤から信じられない言葉が飛び出してきた。
「疫病にかかったとは聞いとったけど、症状聞いとらんかったけん、気にしとったとですよ。ばってん、元気んごつありますね」
 あのひねくれ者の盤が、素直に人を心配するなんて。もしかして心まで天使になったのだろうか。シマは一瞬そんなことを思ったが、どうやら違ったらしい。
「うわ、こういう時ばっかり何言ってんだよ! 盤君、シマさんと顔合わなくてよくなってせいせいしたとか言ってたくせに!」
「何ば言いよっとか!」
 口げんかを始めた二人に、シマは拳を落とす。拳骨を食らった二人は間の抜けた顔で何やら目配せをした。
「シマさん、口数減りました?」
 いつもなら汚い言葉と共に蹴りが飛んできそうなものなのに。その思いは胸にしまって、兵悟は聞いた。シマは、答える代わりに肩をすくめて見せた。自分の疫病を理解している者の前でしか以前のようには話さないので、減ったといえば減ったし、減っていないといえば減っていない。
「そげん疫病ですか?」
 その問いにも、シマは首をすくめた。自分の疫病を理解していない者とではろくに話ができない事を考えれば、間違いではない。
 シマは次の質問を待ったが、疫病に関してはそれだけで終わった。ところで、と兵悟が話題を変える。
「最近、鐘つき堂で何をしてるんですか?」
「は?」
 思いがけない問いに、シマは思わず気の抜けた声を出してしまった。確かに鐘つき堂にいたことはある。カビ人間と会っていたのだ。それも一度や二度ではない。しかし、いつも外からは見えない所で話をしていた。どこから見られていたのだろう。その疑問には、シマが問わずとも盤が説明をした。
「兵悟君、疫病で1km先が目の前に見えるようになったとよ。やけん、1km先の鐘つき堂にいるシマさんもその辺にいるように見えるとって」
 兵悟はもともとずば抜けて目が良い。それでもただ遠くから見られただけならどうにでもごまかせたが、常に双眼鏡を覗いているような状態の今となっては、適当にごまかしては矛盾が生じることは目に見えている。
 仕方ない。シマはきちんと答える事によって徹底的にごまかすことにした。
「別に何もしてへん」
「じゃあ、なんでわざわざ鐘つき堂に行くとですか」
「カビ人間に会わへんために」
「んん? てことは、カビ人間に会った事ないんですか?」
「一回も無いなぁ」
「え? じゃあ、鐘つき堂でいつも一緒にいる人は誰ですか? 背の高い、格好良い、カビ人間みたいな格好の人」
 兵悟のその言葉に、シマはわずかに動揺した。
「カビ人間ではないで。カビ人間は、醜くて恐ろしい奴やろ?」
 その言葉に、更に動揺する言葉が盤の口から発せられた。
「ああ、シマさん知らんとですっけ。あの人、別に顔は変わっとらんとですよ」
「……どうせ嘘やろ?」
「本当ですって! まあ、カビ人間になってからまともに姿を見た事ある人って、パン屋の主人と神父くらいしかおらんけど……」
「ふぅん」
 シマは適当に相槌を打った。今の盤の言葉は、シマには届いていなかった。
 本当にカビ人間が醜くないのだとしたら、こんなに酷い話はない。
 険しい顔で考え込んだシマを見て、二人は慌ててその場を去った。
 
 シマはその晩、町で一番陽気な飲み屋へ足を運んだ。昼間の大きな収穫を、この場でなら利用できる。そう考えたのだ。
 カビ人間に関してシマの口から出てくる言葉は、町中の人が抱いているカビ人間に対する思いそのままなのだ。だから、カビ人間に関してのみ、不都合なく会話ができる。自分の知らないカビ人間の話を容易に聞きだすことができる。
 なんで今までこんな単純なことに気付かへんかったんや。
 もどかしい気持ちを抑えきれないまま、シマは店内へと入っていった。

 

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