ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 10

 

 プログラムのミスは直り、優先順位も直った。
 真田にそう告げられ、笑顔で「それは良かった」とは言ったものの、嶋本は虚無感をぬぐいされなかった。
 自分が真田にとって特別だったことが嬉しい反面で、ロボットを相手に何を喜んでいるんだと、何度目かの叱咤をした。
 自分の中で真田の存在が大きくなっていることには、無視を決め込んだ。
 その日から真田はボケッとすることはなくなった。
『海難通報、海難通報』
 プログラムが修正されてからちょうど一週間経った日、その海難通報はあった。真田、嶋本、高嶺の三人でヘリに乗り込み現場へと向かう。
 要救助者は、岩壁に取り残されてしまった若者二人。浅瀬であるため船では近づけず、波が高いため地元の潜水士達では要救助者のもとへ向かうことができなかったらしい。
「状況を聞く限り、たまたま地元の潜水士の能力が及ばんだけ、ですね」
 嶋本は真田と高嶺、そしてヘリクルーの様子を伺いつつ、言った。
 能力が及ばないことを批難したいわけではない。訓練設備や訓練方法がまだまだ充実していないことを言いたかったが、うまい言葉が見つからなかった。しかしそこは、高嶺が正しく理解してくれた。
「そうですね。我々と同じことを、他の潜水士達もできたら一番良いんですけど」
 そうなれば、助かる命も増える。
「だが、気を抜くな」
 真田が言う。
「波は荒い。気を抜けば飲み込まれるぞ」
「はい」
 現場に到着して改めて状況を確認すると、真田は指示を出した。
「高嶺は待機。俺と嶋本で救出へ向かう」
「え、隊長も行くんですか? ブリーフィングでは俺一人って……」
「わざわざ残って指示を出す程のことでもないだろう。それに、いくら水に浸かってないとは言え、体力の消耗が気になる。二人共がより早く助かるにこしたことはない」
「了解しました」
 そして真田と嶋本は要救助者のもとへと泳いでいった。波は高く、流れも進行方向とは逆だったが、なんとか前へ進むことができた。
 しかし、要救助者のいる岩場へ手をかけようとしたその時、背後から大波が襲ってきた。視界が三六〇度ある真田は備えていたが、嶋本は波へと飲み込まれた。
 その一瞬、嶋本の世界はスローモーションになった。
 あ、と思ったとき、真田が自分を振り返った。そして、普段なら迷いなく要救助者へ伸ばされるはずの腕が、自分の方へと向けられようとした。それに気づいた嶋本は、真田をにらみつけ、そしてその視線を要救助者へと向けた。
 そして波に飲み込まれた。岩礁に酷く体をぶつけた。しかしそんなことには構っていられない。バランスを立て直すと、嶋本はすぐさま海上へと顔を出し状況確認をした。
 真田は要救助者二人共を大波から守っていた。
 嶋本はその日、周囲に人がいないのを見計らって真田を問い詰めた。
「あれはどういうことですか。あの程度のこと、訓練中でもたまにあることでしょう」
 真田は眉尻を少し下げただけで何も答えない。
「優先順位、きちんと直してもらってないでしょ。何故ですか?」
「……優先順位は確かに直してもらった。だが、いつの間にか元に戻っていた。嶋本が波に飲まれるまで気付かなかった」
「……元に戻った? またプログラムのミスですか?」
「いや、ミスじゃない。おそらく、学習したんだと思う。感情がもたらす思考の機微を」
「学習?」
 恐れていた言葉だ。しかもその言葉が、本人の口から出てしまった。その上今の真田の言い方は、プログラムの生成能力があるような言い方だ。事実、真田はかつて「たまにはゆっくりも悪くないと思った」と言っている。これは、今までは無かったはずの一個人としての感性だ。そんなもの、プログラムできるのだろうか。そんなものが、いつの間に生成されてしまったのだろうか。
 プログラムの生成能力があるプログラムというだけで人間にとって十分な脅威なのに、感性があるなんて、どんなに恐ろしい未来が待っているのだろう。
「……それは、新たなプログラムが生成されたと言うことですか?」
「厳密には違うが、似たようなものだ。もともと俺はイレギュラーに対応すべく開発されているから、新たな命令を生成することはプログラムされている」
「え、ちょお待ってください。まさか、初期設定を変えるような命令は出ませんよね?」
「初期設定……」
「真田さんが何よりも優先すべきは、要救助者です。だから要救助者の優先順位は一番高く設定されているはずです。それが変わるようなことは……」
 もしロボット自身の優先順位が一番上に来てしまったりしたら、それこそ映画『ターミネーター』のような時代が来かねない。もしそのようなことがあるのならば、このロボットは即刻破棄しなければならなくなる。
「ああ、そういう『変わってはいけないもの』は、変えられなくなっているから問題ない」
「せやったら、元に戻ったてどういうことですか?」
「もともと嶋本の優先順位は要救助者より下だ。ただ他の者よりは上にあるし、気持ちの上では嶋本が一番上にいる」
「気持ち? ……とりあえず、あの時迷いが生じたのには変わりないんですね?」
「ああ」
「大切なことがインプットされていないようですね。真田さん、特救隊が危険な場所に飛び込んで行って命がけのレスキューができるのは、自分の命を託せるくらい仲間を信頼しているからです。でもそれは決して、自分に何かが起きたときに助けてもらえるということではありません。生きて帰ることが特救隊の誓約ですから、みんな自分の命くらい自分で守ります。だから、今回のようなことがあっても心配などせず、大事に至るはずは無いと信じていてください。動揺していたのでは、自分も要救助者も助からなくなる恐れもあります。我々の命綱は、お互いを信頼する気持ちです。いいですか?」
「わかった」
「それじゃとりあえず、特救隊員の優先順位は皆同じ位置に付けておくようにしてください。説教は終わりです」
「俺は説教されていたのか」
「そうですよ。隊長が副隊長に説教されてどないするんですか」
 嶋本は極力平生を装っていたが、真田の自我がプログラムによるものだけではない可能性があることの脅威を気にせずにはいられなかった。
 嶋本は、心なんてプログラムできないと考えている。少なくとも、真田には心はプログラムされていない。それは、製作者から預かっている説明書にもそう書いてある。
 しかし、一個人としての感性の芽生えを、目の当たりにしてしまった。その上、真田の口から「気持ち」という言葉が出てきている。
 嶋本には、このロボットが人間と同じように成長していっているように思えて仕方がなかった。

 

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