ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 9

 

 翌朝、当直を終えた真田と嶋本は、基地からの短い短い道のりをゆっくりと歩いていた。最近の真田の様子を聞くため、嶋本は歩調を緩めた。
 しかし、高嶺が言っていたことを考える毎に、とても短時間では済まないような気がしてきた。それに何より、寒い。肩を縮こませ、口の前で両手をさする。そっと覗き込んだ隣を歩く人物は、吐息が白くなるなんて事もなく、寒さなど感じさせない歩き方だ。
 しかしやはり、寒い。
「ねぇ、真田さん。ちょお聞きたいことあるんですけどね、長くなるかもしれないんで、真田さんちあがらせてもらっても良いですか?」
 良いですか? とは聞いたものの、実は今まで断られたことがない。仕事外の真田には、断る理由などないのだ。そして相手ができることが嬉しいのだろう。ふわり、と。笑顔で返事をする。
「ああ」
 何度見てもこの笑顔には慣れない。
 嶋本はこの一ヶ月、よく真田宅を訪れていて、真田の色々な面を見てきた。ロボットらしく何事にもきっちりしている姿や、困ると眉尻を下げる姿や、猫が踵を返したときの寂しそうな姿を見てきたし、嬉しいと口調が少し幼くなることも知っている。でもそれらはあまりなくて、一番多く目にしたのは、この優しい笑顔だ。しかし、この笑顔には慣れない。嶋本はそれを、一番多く目にするからこそ慣れないのだろうと判断していた。
 笑顔を目撃する度に、一瞬、真田がロボットであることを忘れてしまうのだ。そしてそんな自分を叱咤する。それが嫌で、どうしてもこの笑顔には慣れることができない。
 しかも最近は、真田に新たな表情や感情を発見したときもそうなる。真田はロボットだと自分に言い聞かせ、真田隊副隊長として考えを改める。
 なんで皆には見えへんねやろ。
 笑って、驚いて、困って、固まって。なぜ皆には見えないのだろう。なぜ皆にはわからないのだろう。
 他の者にもわかれば、真田はもっと人に溶け込むことができるはずなのだ。もったいない。
 そして、隊のためというよりは、真田のために自分の考えが及んでいることに気づいて、えも言われぬ気持ちになるのだ。
「……外で話すには、今日は寒いっすわ」
 狂いかけた調子をニヘラと笑って慌てて戻す。しかし真田はまだ笑顔で、またすぐに調子は狂ってしまう。
「じゃあ、早く行こう」
 真田が歩みを速める。とは言っても、普段の歩くスピードだ。
「こっちの方がいいですね」
「何がだ?」
「歩く速さ」
「そうだな。でも、たまにはゆっくりも悪くないと思ったがな」
 そして、程なくして部屋に着いた。
 真田はリビングに入るなり暖房を付けた。
 客人が来たら冷暖房を付け、茶菓子を出し、もてなすこと。
 基地長はそう教え、冷暖房器具、冷蔵庫、ポットなども買い与えた。茶菓子は基地長が訪れる度に置いていく。
 嶋本が真田の家を訪れた時、茶菓子を少し堪能してから話が始まるのがセオリーとなっていた。
「真田さん、最近どうかしたんですか? ボケッとしてることが多いみたいですけど」
「ボケッと? ……しているか?」
「してますよ。他の奴らにはフリーズしてるようにしか見えへんから、困ってます。再起動してもなかなか動かへんって」
「再起動……。そう言えば最近、嶋本のことを考えていたらいつの間にか再起動されているな」
「は? 俺のこと??」
「そうだ。最近、一度嶋本のことを考えたら際限無く考えが及んでしまって、他のことまで手が回らない」
 真田は、その理由がわからないとでも言いたげにさらりと言った。
 まるで恋わずらいだ。
 しかし真田はロボットなのだ。喜怒哀楽をプログラムできたとしても、恋や愛なんてものをプログラムできるのだろうか。恋や愛は定義が定まらないものなのに、できるはずがない。
 きっと、結合テストに穴があったのだろう。プログラムが間違えているのだ。
「俺のデータの一つを抽出しようとしても、俺が関わるデータは全部抽出されてしまい、尚且つそのデータ量が半端無いんでしょうね。最近こうして一緒にいること多いですし、俺が関係するデータは他の奴に比べて多いでしょうから」
「なるほど」
「次の連休で直してもらいましょうね。ボケッとしてる時に俺の声にしか反応しないのも困りますし」
 言うと真田は驚いたような顔になった。
「嶋本以外の声も届いているぞ」
「じゃあなぜ、ボケッとしてる時他の奴らから話しかけられても返事をしないんですか?」
 思わず呆れたような声が出てしまった。しかし声が届いていることにかわりはないのだろう。ただ返事をしないだけで。
 何か思い当たる点でもあるのか、真田は顎に手を当てた。
「優先順位……」
 真田の呟きを、嶋本は聞き逃さなかった。
「優先順位?」
「いや、何でもない」
「何でもなくないですよ!」
「叫ばなくてもいいじゃないか」
「良くないから叫んでるんです! ……真田さんの中で、俺の優先順位が皆より上にあるんですね?」
 だからぼけっとしている時、つまり『嶋本進次に関するデータ』を抽出している時は、それを真っ先に終わらせようとしてしまうから他の者から話しかけられようと返事はしない。ただ、嶋本進次本人が話しかけてきたときはもちろん嶋本進次本人を優先すべきだから、データの抽出をいったん後回しにして、すぐに応じる。
『優先順位法』。確か、そんな名前のものがOSには組み込まれていた。嶋本は頭の隅で思い出す。
「そのようだ」
「……ねぇ真田さん。もしも俺が要救助者と一緒に船内に残されてしまって、でも一人しか助けられないとしたら、どっちを助けます?」
「…………」
「即答できないようじゃ駄目ですね」
 嶋本の言葉に、真田は眉尻を下げた。悲しそうなその表情に、嶋本の心がキリリと痛んだ。
「……悪い所が分かったんです。もう大丈夫ですよ」

 

ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 10>>

<< ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 8