ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 11

 

 桜も散り始め、葉桜となった水曜日、花見という名の飲み会が開かれた。公園に花見客は少なく、悠々と場所を確保できた。
 参加者は、羽田特殊救難基地に勤務する参加可能な者全員で、十六人とその家族。いや、正しくは十五人とその家族と、一体。
「高嶺、真田さんがおる」
「ああ、基地長が連れてきたみたいですよ」
「基地長が? ……まぁ、基地長いはるんならええか」
 言うと高嶺がクスリと笑った。何事かと見上げれば、楽しそうに言った。
「意外ですね。てっきり喜んであれこれするかと思ったのに」
「もし真田さんに何かあったとき、俺と基地長しか対処できひんやんか。そんなん、気になって飲まれへん」
 なぁ? お前も全然真田さんの扱い方覚えへんし。と、嶋本にしては珍しく嫌味を言った。高嶺は持ち前の穏やかさで、シマさえいれば大丈夫ですよと、よくわからないことを言って話を終わらせた。
 いざ花見が始まってみると、飲み会初参加のロボットが話の中心にいて、嶋本はひとまず安堵した。皆真田に質問を投げかけ、真田は一つ一つに答えていった。話は周りが勝手に膨らませていくから、笑いが絶えることはなかった。しかし一時間もすると酔っ払う者が出始め、嶋本はその対応に忙しくなった。
 ふと気付くと、輪が三つできていて、嶋本と真田と基地長は別々の輪にいた。真田は、お前も飲めと缶ビールをすすめられていて困っている様子だった。嶋本は慌て自分に絡んで来る者をたしなめ、真田のもとへと駆け付けた。
「あーもう、真田さん飲まれへんの、わかってんでしょ。やめて下さいよ、困ってるやないですか」
 なんとか缶ビールは取り上げたが、次は嶋本が絡まれる羽目になった。
「困るぅ? ロボの癖に困るのかぁ、コイツは」
「困りますよ。しょっちゅう困ってますよ、皆がわからへんだけで」
 言うと、酔っ払いは一瞬ムッとしたようだった。そして回らない頭で何か考えたと思いきや、ニヤリと笑った。
「ほおぉ? ならなんでお前だけわかるのかにゃあ? ねぇ? ちまもと君」
 舌っ足らずになっているわけではなくて、挑発しているつもりのようだ。酔っ払いの理解できない言動にいちいち腹を立てていたのではキリがない。
「みんなよりコンピューターのことがわかるだけですよ」
「コンピューター?? ロボットだろ? もしかしてお前だけ贔屓されてたりするんじゃないのかー?」
「何わけわからんこと言ってんすか。はい、ビールは一旦やめて烏龍茶。ほら、真田さんも、ぼけっとしてないで、基地長の所にでも逃げてください」
「逃げる? なぜ?」
「絡まれた時に一人じゃ対処できひんでしょ?」
「嶋本がいるじゃないか」
「はぁ? って、あーもう! 寝るならどっか行ってください! 真田さんも基地長んとこ行かへんねやったら助けてください!!」
「ああ」
 嶋本の足にしがみついて寝ようとする酔っ払いをなんとかひっぺがすと、嶋本は真田の手を引いて輪から離れた。どの輪にも入らずに、説教をたれる。
「いいですか、真田さん。こういった慣れない場では、基地長の傍を離れないでください。どんなイレギュラーにでも対応できる程優れたプログラムなんて無いんですから」
 すると、真田の表情が曇った。
「……嶋本は、誰よりも俺を人間扱いするが、誰よりも俺を機械扱いするな」
「はぁ……」
「嶋本は、初めて俺を人間として扱ってくれた人だから嬉しかったんだが……。こういうのを、辛いと言うのかな?」
「辛いんですか?」
「わからないが、恐らく」
 辛いんですか? と聞いたものの、嶋本にはそれが辛いという感情であることなどわかりきっていた。このロボットの心がプログラムから生み出されたのか、そうでないのか、そんなことは知らない。ただ、確かにこのロボットには心があって、慣れない感情に戸惑っているのは確かなのだ。その上でのこのロボットの扱い方も知っているのだ。
 嶋本は、わかりきっているのだ。真田の感情を。
 自覚しているのだ。都合の良い時だけロボット扱いする、自分の真田の扱い方を。
 しかしそうしなければ、真田がロボットであることを忘れてしまいそうだった。真田がロボットである最大の利点を忘れてしまいそうだった。
 だから、傷付ける危険性には気付いていたが、そうするしかなかった。
「そうですか。なら、そんな感情、救助の妨げになるだけですから忘れてください」
「それはできない。辛いということに関するデータは元々ある程度インプットされているものだから」
「なら、今のその感覚が、辛いということであることを忘れてください」
「嫌だ」
「ロボが何自己主張してんですか。忘れてください」
「嶋本こそ、そんな顔をして何を言っているんだ」
「は?」
「辛そうな顔をしている。……もし今の感覚を忘れてしまったら、嶋本が辛い思いをしているとき、俺は何もできなくなってしまう。そんなのは嫌だ」
 まるで人間みたいな考えをする。まるで子どもみたいな言い方をする。どうして真田がロボットであることを忘れずにいられようか。こんなにも人間的なのに。
 しかし、忘れることは許されないのだ。
「俺は真田さんに辛い思いしかさせられそうにありません。だから、忘れてください」
「それでも良い。この感覚を忘れてしまったら、それこそ辛い」
 真田がロボットであることを、忘れることは許されないのだ。
 このロボットは、もしものときに捨てることを許された存在だから。
 唯一、見捨てることが許された存在だから。
 だから、情が移るようなことはあってはならないのだ。捨てられなくなってしまうから。
「……好きにしてください」
 言い捨てて、嶋本はその場を後にした。

 

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