ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 14

 

 訓練を終え、更衣室へと向かう道すがら、ロボットは嶋本に話しかけた。
「嶋本、左足をどうかしたのか?」
 高嶺も他の隊員も、その言葉で嶋本に注目した。
「いや、どうもしませんよ?」
「そうか、わずかに引きずっているからどうかしたのかと思った」
 訓練には、ロボットも参加する。ロボットだから訓練そのものに意味はないが、機械は使わなくても劣化してしまうから、それを防ぐためにロボットも訓練を行う。それに、プログラムの関係で、どうしても滅多に使われないデータは抽出するのに時間がかかる。それも防がなくてはならないから、訓練をしてタイムラグを小さくしておく。
 嶋本にも、歴代副隊長にも、ロボットが訓練する理由はそれだけだと思っていた。まさかロボットが訓練から何かを得ているなんて、考えたことも無かった。
「普通に見えますけどね」
 と高嶺が言った。救急救命士がそう言うのだ、他の者にもわからないだろう。
「他にどこか違います?」
「足音も違う」
「足音?」
「右足の方がわずかに音が大きい。リズムも一定じゃない」
「それは、左足をかばってるとしか思えませんねぇ。……シマ?」
 我慢してるんじゃないですか? と言外に聞く高嶺に、嶋本は慌てて否定する。
「いや、ホンマ。別に痛ないで?」
「そうか」
 ロボットはすんなり引き下がったが、高嶺は食い下がった。
「後で足見せてくださいね」
 そして更衣室に着くと、皆着替えもせずにベンチに座る嶋本を囲った。皆が、ブーツの紐を解くところから全てを見守る。高嶺はそっと嶋本の左足を手にとった。
「見たところ異常はありませんね。曲げますよ〜」
「ほーい」
「痛くないですか?」
「全然?」
「こっちは?」
「全然」
「足首ではないようですね。指かな?」
「……いっ」
「あ、親指。どうしたら親指なんて痛めるんですか?」
「知らん。今初めて痛かったし」
「でも、無意識にかばって歩いてたんですよ。痛い瞬間があったはずです」
「せやなぁ」
「一応テーピングだけしときますね。無理しちゃ駄目ですよ」
 そう言って高嶺がテープを出す間に、ロボットは嶋本の前にしゃがみこんだ。人差し指で患部をつつく。
「ここが痛いのか」
「はぁ」
 返事を聞くと、ロボットは指を引っ込めた。そのまま嶋本を見上げる。
「痛い、というのは、どういう感覚なんだ?」
「は?」
「俺は、痛みというものがわからないから」
「あ〜、なんでしょうね。痛みにもいろいろありますしね。痛みは、痛みでしかないです」
「辛くはないのか?」
「……」
「一瞬辛そうだった」
「辛い……つらい〜のんは、辛いでしかないんじゃないですかね。似てるけど。痛みは耐えられるし忘れられる。痛みが酷いと辛くもなりますけど」
「耐えるという行為は辛いことではないのか?」
「……」
「おや、隊長の方がよくわかってますね」
 高嶺がテープを手に間に入る。そして、そっとテープを巻き始めた。
「シマ、一度辞書を引いてみるといいです。耐えるという行為は、辛さを我慢するという行為です。我慢するという行為は、辛いことを辛抱するという行為です。辛抱するという行為は辛さを耐えるという行為です。辛いんですよ」
「……でも、我慢できる程度のことを辛いとは言わへんやんか。我慢できひんから、辛いねやろ」
「シマが我慢するという行為に慣れすぎなんです。だから痛みに鈍い。物理的にも、心理的にも」
「心理的?」
 ロボットが聞く。
「ええ。辛いとね、心が痛むんですよ」
「こころ‥‥」
「……」
「よしできた。それくらいならブーツ履くのにも支障ないでしょ?」
「おう! ありがとう」
 嶋本はブーツを履くと元気よく立ち上がった。
「俺なら平気や。ほら、皆も着替え!」
 隊員達が各々のロッカーへと散る。ロボットはそれを見やると、嶋本に声をかけた。
「俺は、花見の時に、辛いという感覚を知った」
「そうですね」
「だが、心の痛みだとは知らなかった」
「高嶺はそう言うてましたね」
「俺に、心はあるのか?」
「……そんなん、俺のが知りたいですよ」
「…………」
「でも、あるのかも知れませんね」
「?」
「辛そうな顔……。そんな顔、部下の前でするもんじゃないです」
 嶋本は、顔を背け言った。接し方としてよろしくない行為だとわかってはいるが、表情の変化を見てしまっては、せっかくの認識が揺らいでしまいそうだった。心が、またチリチリと痛みだす。
 相手はロボットなのだから、何も気にする必要は無いのだ。自分が心を痛める必要は無いのだ。自我だって、きっとそう命令が出ているだけで、感情や心なんてものが本当にあるはずがない。日増しにロボットが人間臭くなっていっているのだって、プログラムにすぎないのだ。
 改めてそう自分に言い聞かせて、嶋本はロッカーへと移動した。
 しかし、着替えつつ、冷静になった脳がとんでもないことに気づいてしまって、嶋本は自分を恨んだ。
「俺に、心はあるのか?」
 そう聞いてきたロボット。まるで、自分に心があることを望んでいるようだった。まるで、自分がロボットであることをきちんと理解していてそれを悲しんでいるかのような言い方だった。
 キリキリと心が痛む前に、嶋本は頭を振ってそれを否定した。
 全部ただのプログラムだ。悲しんでいるかのような言い方も、心があることを望んでいるような言い方も、プログラムだ。
 しかしそこまで考えて、嶋本はそれも否定した。
 ――いや、違う。
 そもそも感情なんてもの、定義できないはずだからプログラムできるはずがないのだ。プログラムがプログラムを生成する、そのプログラムもできていないはずだから、もし感情が定義できていても、感情の自動生成はできないはずなのだ。
「俺に、心はあるのか?」と言う言葉は、高嶺の言葉を解析する上で何らかのエラーが出たから、それを出力しただけだ。ロボットは、悲しんでも、望んでもいない。ただのエラー出力プログラムが走っただけだ。
 嶋本はそう考えを改めた。
 それに、そんなことがあってはならなかった。
 悲しむという行為がプログラムされることは構わない。何かに支障を来たすようなことがあれば、悲しむ行為の優先順位を下げるだけで対策は取れる。しかし、望むという行為がプログラムされてはいけなかった。
 望み、それは即ち、欲。
 欲のプログラムが発覚したとき、同時にロボットの破棄が決定する。欲のプログラムがあるロボットは、人間にとって最強で最悪の脅威でしかないからだ。
 危険性の排除。
 確実性のある確認が取れていない今、真田甚というロボットには、何の危険性も無い。嶋本はそう信じた。

 

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