ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 15
嶋本は、ロボットとの接し方がわからないまま日々を過ごしていた。ただ、ロボットの「元気」を気にかけて、自我は望まずに、これまでと同じように接する心がけをしていた。嶋本からロボットへ話しかけることは徐々に少なくなっていったが、ロボットは皆の言う「元気」になった。
そんなある日、羽田特殊救難基地は、彼女の話で盛り上がっていた。とは言っても、「彼女が欲しい」という話だ。最初は嶋本も、もちろん真田も興味を示さなかった。しかし長倉に好きな人がいるという話になると、突然、真田がくいついた。
「好きというのは、どういった感情なんだ?」
いきなりの質問に、そしてその内容に、聞いた者皆が驚いた。
「え? インプットされてないんですか?」
「大まかな概念はインプットされている。しかし、それだけだ」
『理解する』という行為は、どうしてもプログラムできない。だから概念はデータベースに入っていても、ロボットにそれがどういうことかはわからない。
「とにかく、気になる感じ?」
「少しでも長く傍にいたいとか」
「その人のこともっと知りたくなったり」
「その人に対して、欲深くなる」
「でも、どうして急にそんなことを?」
真田は顎に手を当てた。
「好き・嫌いといった概念はインプットされているが、どうやらそれだけらしい。喜怒哀楽は、それぞれに応じた動き方までインプットされているのだが、それがない」
「ふぅん。それで、わかりました?」
「わからない」
「……まあ、恋なんてもの、俺たちだってよくわかりませんからね。そんなもんなんじゃないすか?」
一人がそう言うと、他の隊員達もそうだそうだと口を開いた。そして長倉の好きな人の話へと戻ったので、真田はその場を離れた。
「嶋本は向こうの話が気にならないのか?」
話に入らず作業を続ける嶋本に聞く。嶋本は手を止めずに答える。
「なりませんね。真田さんは気になったんですか?」
「ああ。概念はインプットされているが、それだけだから」
「ん? ああ、長倉の好きな人が気になったわけやないんすね」
「好きという感情が気になった」
「……好き嫌いという感情に基づいて行動されたら困りますからね。わからんで良いですよ。……まあ、要救助者の優先順位一番高なってるから、どんな行動をとるかがわかっても大事にはいたらんと思いますけど」
「そうなのか」
「あ、でもその分処理に時間がかかりますね。やっぱりダメです」
「何が駄目なんだ?」
「好きや嫌いという感情を覚えることがです」
「そうか。しかし、もう遅い」
真田のその言葉に、嶋本は思わず手を止めて仰ぎ見た。真田はまっすぐと嶋本を見ている。
「遅い? ……今、どんな感情かわからないって話をしてましたよね?」
「ああ。好きになったときに、どう動けばいいのかはわからない。だが俺は、嶋本が好きだ」
さらりと放たれた言葉は、種類によっては簡単に扱ってはいけないもので。しかし今の話の流れからは、そちらの意味でしか受け取れなくて。ただ一つ判断できるのは、軽々しく口に出してしまう程度にしか学習できていないということ。つまり、『好き』という感情をわかっていないということ。
頭では一瞬で判断できたのに、嶋本は動揺してしまった。
「は?」
「少しでも長く傍にいたい。嶋本のことをもっと知りたい」
「……」
そして、嬉しいと思ってしまった。
慌てて、相手はロボットだと、改めて自分に言い聞かせる。そして、勘違いだと言い聞かせる。
嬉しいと思ったことも、真田が自分を好きだということも、勘違いだ。
「そんなことは思わないのだが」
少し残念に思ったことも勘違いで片付けて、平生を装う。幸いなことに、ロボットは動揺や心情の変化にはどうしても疎い。
「なんや、びびった。ですよね。欲なんてものプログラムできるはずありませんから」
こう言えば、驚いたのは好きと言われたことにではなく、欲がプログラムから生成されるということに対してだということにできる。しかし真田は続けた。
「だが確かに俺は、嶋本が気になる。嶋本が好きだ」
嶋本は努めて明るい声を、笑顔を作る。
「俺も真田さん好きですよ」
真田の生真面目な表情が崩れる。わずかに眉尻が下がり、わずかに目が細められ、わずかに口角が上がる。その変化から目をそらすように、嶋本は長倉達の方を見やった。
「長倉も、高嶺も、黒岩さんも。みんな好きです」
言ってからも、長倉達の方を見続ける。傍目には眺めるという行為にしか見えないから、なんら不自然ではない。まさか真田の表情が崩れるのが怖くて顔を見れないだなんて、誰も気付かないはずだ。しかしそんな自分を眺める真田がいてはやはり不自然なので、極力ゆっくりと視線を戻す。
「好きといえば、ビールも好きです。阪神もめっちゃ好きやし、頑張って欲しいと思います。阪神が勝てば嬉しいし、阪神の調子が良かったらそれだけで機嫌良うなります」
続けざまにそう言って、あなたの言う『好き』はこの種類のものなんですよ、と刷り込む。恋や愛だなんてもの、知る必要がないので遠ざける。
真田は、ぽかんとしていた。
それでいい。
嶋本はおもむろに立ち上ると、真田の肩へと両手を伸ばした。くるりと体を反転させると、背中を押す。
「さあ、話は終わりです。仕事に戻ってください」
真田はまだ何か言いたげだったが、しぶしぶと仕事へ戻っていった。
嶋本は誰にも気付かれぬよう、こっそりとひとつ、深く息を吐いた。
