ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 16
嶋本が好きだ、と、真田は言った。おそらくそれは恋で、真田はどうすれば良いかわからないようだった。
嶋本は、真田への想いを忘れられなかった。本当は、凄く嬉しかった。同性だろうが関係なかった。ただ、一つそれ以前の重要な問題があった。
真田がロボットであるということだ。いずれ見捨てることが前提の存在なのだ。
だから、こんなことになってはいけなかった。
「さなださん」
声に出してみる。隊長と呼ばずにそう呼ぶようにしたのは、尊厳を守るつもりだったからだ。それが、こんなことになるなんて。
副隊長就任初日、なぜ僅かな表情の変化に気付いてしまったのだろう。気付かなければ、黒岩に何を言われても真田のことを気にすることなどなかったのに。なぜ、笑顔が見えただけで喜んでしまったのだろう。何とも思わなければ、笑顔を望むことなどなかったのに。なぜ、自分にしか些細な表情の変化がわからないのだろう。皆もわかれば、優越感などなかったのに。真田に対する欲なんて、何も生じるはずはなかったのに。
なぜ、自我になんか気付いてしまったのだろう。
気付かなければ、人としての成長など望まなかったのに。
今、こんな思いをするはずがなかったのに。
「たいちょう……。隊長。真田隊長……」
あかん。
今更『隊長』なんて呼んだら、尊敬してしまう。頭ではわかっていても、嶋本の中で真田は、すっかりひとりの人間として認識されてしまっていた。
笑顔のときに下がる眉尻も、訝しむときにできる僅かな眉間の皺も、考えこむときに少しとがる口も。家では「うん」と返事をする様子も、猫が自分のもとから離れたときの寂しそうな様子も、何より、真田の部屋でひとり飲み食いする自分を見るときの、楽しそうな嬉しそうな様子も。
全てが、こんなにも愛しい。
そんな想いを、必死に押し殺してきたのに。想い人は、さらりと想いを述べた。
嬉しかった。しかし同時に、どんなに人間らしくたって真田はロボットなのだと、事実を突き付けられた形になった。それはつまり、いずれ訪れる別れも現実として突き付けられたということ。
いずれ訪れる別れは、それは残酷なもので。自分にそれができるかと問われたら、できない。だから、忘れなければならないのに、なぜ、こんなことになっているのだろう。
「…………しまった。忘れろて言うの忘れてた。明日言わな」
真田に、「そんな感情必要ありません。忘れてください」と、言わなければ。
しかし翌日、真田に先手を打たれてしまった。
朝、更衣室で二人着替えていると、先に着替えを終えた真田が口を開いた。
「昨日の話だが」
「昨日?」
「好きという感情について」
「……ああ、俺もそれについては話があります。何ですか?」
スライダーを上げ、襟を正し、ロッカーを閉めると真田と向き合う。
「違うんだ」
「は?」
「嶋本を好きだという感情が。おそらく、昨日嶋本が言ったものとは、違うんだ」
ドキッとした。また動揺してしまった。しかし真田は、それが何かはわかっていないに違いない。
「じゃあ、何だと言うんです?」
「それは、わからないんだが……」
ほら。
「俺の話はね、その感情を忘れてくださいという話なんです。必要ありませんから」
「……」
「邪魔になるだけですから、忘れてください」
「……嶋本。また、辛そうな顔をしている」
「だから何ですか」
「こんな時、俺はどうすれば良い? そんな顔をさせないためには、どうすれば良い?」
「……俺にこんな顔させたないんやったら、忘れてください。好きという感情も、辛いという感情も」
「……」
「ほら、早く。デリート文の発行」
「嶋本……」
真田が一歩前に出る。嶋本はそれを合図に、体ごと視線をそらした。
「俺は、真田さんが人間らしくなればなる程、辛い」
「……心が、痛むか」
「痛いなんてもんやない……。締め付けられる。苦しい。解放されるもんなら、早よ、解放されたい」
「忘れたら、解放されるか? 俺が、好きという感情と辛いという感情を忘れたら、嶋本は辛くなくなるか?」
「……」
ガチャリと、更衣室のドアが開いた。入ってきたのは、高嶺だった。
「おはようございます。おや、二人してどうかしたんですか?」
「どうもせえへん」
言って嶋本は下りて行った。真田は足音で嶋本が下りきるのを確認すると、口を開いた。
「俺は、嶋本に辛い思いをさせてしまっているらしい。心が、締め付けられると」
「……シマは平気で気丈に振舞いますからね。心の痛みが悪化しやすい」
高嶺は言いながらロッカーに手を伸ばした。
「……最近、辛いという感情を知ったんだ。しかし、忘れろと言われた。忘れた方が良いと思うか」
「シマは隊長に辛い思いをさせたくないだけですよ。でも隊長が忘れたくないなら、忘れなくて良いんじゃないですか」
「しかし忘れなかったら、嶋本は辛いままだ。だが忘れてしまえば、嶋本が辛い思いをしているときに、それに気付くこともできない。どうするのが一番良い?」
ふと、高嶺の手が止まる。真田に向き直る。
「……隊長は、シマが好きなんですね。そのままで良いと思いますよ」
穏やかにそう言って、高嶺は着替えを再開した。
真田は思いがけなく出てきた『好き』という言葉に、驚きながらも喜びを覚えた。自分の学習した『好き』という感情が間違いではないことが確認できた。
「このままで良いか」
「ええ」
「辛いという感情は、忘れなくても良いのか」
「それこそシマは辛いと思いますよ」
「そうなのか」
「ええ」
「じゃあ、忘れない」
辛いという感情も、嶋本を好きなこの気持ちも。
