ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 17
シマは本当に頭の良い猫で、嶋本がいるときはプシャンと呼ばれることを理解している。嶋本がいるときは嶋本に甘えることにしたのか、ロボットより嶋本に懐いたのかは定かではないが、嶋本の後ろをついて歩くようにもなった。だがロボットしかいなければロボットにベッタリしているし、甘え方でいえば、ロボットには甘えん坊といった感じだが、嶋本に対しては行動を共にするのが当たり前といった感じでついて回るだけだ。
「なんやねんお前は。俺んこと嫌いやなかったんか」
足元をうろちょろしていたプシャンに耐えかねた嶋本は、プシャンを抱き上げ膝に乗せた。プシャンはくつろぐでもなく、お座りの状態でピンと背筋を伸ばし、嶋本の顔を覗き込む。
「ミャゥ」
「なんやねん」
「ミャァ」
「やからなんやねん」
「ミャァー」
「猫語なんてわからんっちゅーねん」
でも、
「お前目ぇ変わったな……何をそんなに頑張っとんねん」
嶋本はプシャンを抱き上げ目を覗き込む。プシャンの嶋本を見る目は、いつの間にか冷たいものではなくなっていた。かと言ってロボットを見るときのような寂しげなものではなくて、何かを見抜いているような、相手を萎縮させるような、そんな目だ。しかし嶋本が猫相手にひるむはずがない。プシャンは嶋本がまばたきをした瞬間に、こつんと鼻先を突き合わせると、いやいやをした。
……鼻先付き合わせるのんって愛情表現やなかったけ。なんで直後に嫌がるねん。……目ぇ覗き込んだからかな。
そんなことを考えつつ放してやる。しかしプシャンはロボットの元へ行くでもなく、嶋本の足に収まった。背中を撫でてやる。いつもならこれだけで寝に入るはずのプシャンだが、今日は頭をあげ、ロボットをじっと見つめている。
沈黙が生じた。
先に口を開いたのはロボットの方だった。
「こうして会うのは久しぶりだな」
「そうですか?」
「うん」
「そうですか」
「うん」
「……」
「高嶺が、忘れなくて良いと言ったんだ」
「……」
「辛いという感情も、好きという感情も」
「……そんなこったろうとは思ってました」
「忘れた方が、嶋本が辛い思いをするだろう、と」
「真田さんは、自分が辛いのが嫌やとは思わんのですか」
「嶋本が辛いほうが嫌だ」
嶋本は後ろ手に体重を預けた。プシャンの背中にあった右手は、頭にずらす。
「……じゃあ、俺が苦しむのは?」
「苦しむ?」
「俺は、辛いのは平気です。でも、苦しいのは、嫌や」
「……そう言えば以前、開放されたいと言っていたな。……何かお前を苦しめているのか?」
「……後悔です」
「後悔?」
「真田隊副隊長になってからの行動全て、後悔してます。その後悔が、俺を苦しめる」
「……では、その後悔を拭うために何かできないか?」
「それが、忘れることです。俺に会ってから学んだ感情全て、忘れてくれたら、俺は苦しくなくなる」
「だが、それでは嶋本は辛い思いをするんじゃないのか?」
「言うたでしょ、辛いのは平気や、て」
「しかし……」
「忘れてください!」
嶋本は勢いよく上体を起こした。プシャンは驚いて膝から飛び降りた。
嶋本はそのまま立ち上がり、背中を向ける。一度勢いづいてしまったら、止められなくなってしまった。せめて、顔は見せたくない。
「お願いやから、忘れてください!! 俺も、真田さんが辛い思いをするのは嫌なんです! 真田さんに、辛い思いしかさせられへんのわかってるから、嫌なんです!」
言葉と一緒に、涙も溢れる。少し離れた場所で様子を伺っていたプシャンは、嶋本の足元に擦り寄った。
「俺は、真田さんの気持ちにはこたえられへんのです! それが、たまらなく……苦しい……」
「嶋……」
肩に置かれた手を、慌てて振り払う。
「こんなんなるんやったら、取説なんか思い付かんかったら良かった……! 自我とか、話せんかったら良かった! 表情の変化なんか無視しとくんやった!! …………うかれたりして、俺ただのアホやん……」
「嶋本……」
「だから、忘れてください。俺を苦しめたないんやったら、忘れてください」
「嶋本……!!」
真田は肩を掴んで嶋本を振り向かせた。嶋本は慌てて下を向く。プシャンがひとつ、ミャウと鳴いた。
「俺なら、平気だ。俺の気持ちにこたえられないことを、気に病む必要はない」
「……そんな悲痛な声出して、説得力無いわ……」
「嶋本……」
立ち尽くす真田の気配に、嶋本は涙を拭い、意を決して顔を上げた。睨み付け、声を張り上げる。
「ロボが何口ごたえしてんねん! 命令に従わんかい!! 俺が忘れろ言うたら忘れとけばええんじゃ!!」
「……」
「明日には忘れとけよ……。まぁ、こっちはメンテ出したときデータ消してもらえばええ話やけどな」
言い放つと嶋本は出て行った。プシャンは嶋本を追うことはせず、ただその場から、ミャアと何度も鳴いた。
あーー、あかん。好きや。めっちゃ好きや。
真田さんに自我とか、望むんやなかった――
