ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 18

 

 嶋本は自分の気持ちを嫌という程確認して、これからのことに途方に暮れていた。
 相手はロボットであれ、想い、想われている。それは確実だ。
 でもそれは、あってはならないこと。
 禁断の愛だとか、その程度なら、どんなに楽だろう。しかし、この仲は、深めてはならないのだ。
 深めてしまっては、命を落としかねないから。自分は、生きて戻らねばならないから。
 いずれ、見捨てなければならない存在だから。その決断を下すのは自分だから。
 しかし、今のままでは――
 捨てるという判断は出来ても、それを決断できそうにない。多分その時は、自分が命を落とす。もしかしたら、他の者まで巻き込んで。
 潜水士から、殉職者が出る。海上保安庁にとってそれがどんな意味を持っているか、特救隊員でなくても潜水士ならば皆痛いほどわかっている。
 特救隊から死人を出すわけにはいかん。俺が一人目になるわけにはいかん。でも、どないせえっちゅうんじゃ……。切り替えはできる。でも、それが揺らがへん自信、ないで……
 翌日、訓練に赴けば、ロボットはいつものように誰よりも早く来ていて、訓練メニューを作っていた。恐らく、家では仕事をしないようプログラムされているのだろう。嶋本は、ロボットが家に仕事を持ち帰ったのを見たことが無いことに気付き、そう判断した。
「おはようございます」
 足を止めずに挨拶をし、そそくさと更衣室へ行く。ロボットは顔を上げ「おはよう」と言うと、すぐさま手元の紙へ視線を落とした。ロボットは、平然としていた。平生となんら変わりない。嶋本はそれを、自分が平然としていたからだと判断した。自分が辛そうな顔をしなければ、真田が話を掘り返せないことは容易に想像できていた。何かキーワードがなければ、セレクト文は発行されない。
 ロボットが言いつけどおり感情を忘れることは期待していなかった。あの程度で忘れてくれるなら、とっくの昔に忘れてくれているはずだから。
 更衣室のドアを開けると、「おはようございます」と声が飛んできた。
「おお。おはよう。珍しいな、高嶺」
「ええ、今日はなんだか早く目が覚めてしまいましてね。一番乗りのつもりだったんですけど」
「ああ、なんか、いっつも来てから訓練メニュー考えてるみたいやわ。仕事持ち帰らんようなプログラムらしい」
 言うと、高嶺がクスリと笑った。嶋本は目つきだけで、笑った理由を問う。
「いや、今の言い方、懐かしいなと思って」
「懐かしい?」
「ええ。隊長の取説作るんだって躍起になってた時期、そんなことばかり言ってましたよ」
 嶋本は少し考えて、でも「そやった?」と返事をした。取扱説明書のために躍起になっていた自覚はあるが、内容を口に出していたつもりはなかった。
「ええ。何かを元に分岐してるはずなんだとか、アル……アルなんとかがどうとか」
「アルゴリズム?」
「そうそう、アルゴリズム。それはもう隊長にべったりで、隊長がいないときはそんな話ばっかり」
「べったり……」
「でも、隊長に自我があるかも、と言い出してからは、それがなくなりましたね。何故です? 自我があるかもしれないなら、尚更研究したかったんじゃないですか?」
「……客観的に見たかったんや。ついでに隊の雰囲気よくなったらラッキー、て」
「雰囲気は確かに良くなりましたね。それで、客観的に見て、どうです?」
「わかれへん。……高嶺は? 客観的に見て、どう思う?」
「そうですねぇ。……自我があるかはわかりませんけど、最近、こころなしか寂しそうに見えますね」
「……」
「アルゴリズムがわからない?」
「いや……。うん。アルゴリズム、さっぱりやな。感情がどこまで定義できるもんかもわかれへんし。多分そんなに定義されてへんはずやから、アルゴリズムもくそも無いと思うねんけど……」
 ――そうだ。アルゴリズム。
 嶋本は最近感情的になってしまっていてすっかり考えることをやめてしまっていたが、元々自我のプログラムが気になって一緒に行動していたのだ。そして、ロボットが人間的であることを望んでしまった。
 ロボットは確実に人間に近付いていって、学習させてはいけない感情まで学習させてしまった。
 アルゴリズムもプログラムも、さっぱりわからない。
 だが、何らかのプログラムをされているから、ロボットは今の様になった。
 あくまでロボットは、プログラムで動いているのだ。感情を学習しようが、自我が出来上がろうが、それは全てプログラムだ。
 学習させてしまった感情を忘れさせるためには――
 下手に膨れ上がったプログラムを安易に消去するのは、危険だ。どこに何が繋がっているかわからないから、どんな障害が起きるかもわからない。
 ならば、これからすることはひとつだ。
 学習させてしまった感情を、呼び出させないこと。つまり、膨れ上がった部分のプログラムを実行させないこと。
 そしてそれは、取扱説明書作成に躍起になっていた頃に戻せば、容易に行える。
「いや、わかったわ」
 嶋本はそう言ってロッカーを閉めた。
「多分、すぐ元戻ると思う」
 そして嶋本は、先に更衣室を後にした。

 

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