ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 4
「昨日飲み行ったばっかじゃねぇか。なんだ、昨日じゃだめだったのか?」
嶋本は、ロボットの家から早々に退散すると、すぐに黒岩と連絡を取った。ロボットと話をしてみて、自分一人の判断で方針を変えることに不安が生じたのだ。
相談したいことがあると言えば、黒岩は訓練後に時間を作ってくれた。
嶋本は黒岩にとっていつまでも可愛い教え子だった。特殊救難隊入隊当初、能力があることを鼻にかけ調子に乗っていた嶋本を、しごき、指導した。小さな体格を忘れさせる高い能力と、頭の回転の早さに目をつけ、手塩にかけて育てた。口を開けば生意気だったが、弱音をはかず、自分に厳しく妥協を許さないところが気に入った。
そんな嶋本が、しおらしく「相談がある」と言ってきた。
嶋本から相談を持ちかけられるのは初めてのことで、黒岩は頼られているのだと嬉しくなったのと同時に、何がそれ程嶋本を悩ませているのかと非常に心配になった。だから二つ返事で「じゃあ、晩飯でも食いながら話すか」と提案した。嶋本は「家族に悪いから少し話すだけで良いです」と断ったが、「お前はいつ俺のことを気にかけられる程偉くなったんだ?」と言われては、甘えることしかできなかった。
「昨日は、まさかこんなことになるとは思ってなかったんですよ」
嶋本は、半分ほど中身の無くなった中ジョッキを眺め言った。
「するってぇと、今日何かあったのか」
「何かあったって言うか、俺が一人で考えあぐねてるだけなんですけど」
「お前が考えあぐねるなんて珍しいな。何を考えあぐねてる?」
「……」
嶋本が言い淀んでいると、店員が厚焼き玉子を持ってきた。黒岩は急かすことはせず、厚焼き玉子に手を伸ばした。一口分箸で切り、大根おろしを少しのせて、醤油をかける。それを口に放り込んでから、お前も食え、と食べることは急かした。しかし嶋本は、一口分自分の皿に取り分けただけで、食べようとはしなかった。かわりに、話を始める。
「真田さんのことなんすけどね」
それを聞いた黒岩は、楽しそうな声を出した。
「お、昨日の今日で根をあげるか?」
「ちゃいます! 俺は誰よりもあのロボ使いこなしてみせますよ!」
普段の様子を見せた嶋本に黒岩はとりあえず安堵して、続きを促した。
「そうだな。お前は歴代真田隊副体長の中で一番上手くやれている。それがどうした? 俺なんかで役に立つのか?」
「立たへんのわかってたら相談なんてしませんわ!」
「あーあーあー、わあったよ。で? なんだ?」
「んー、昨日、ロボなりに感情がどうのって少し話したやないですか」
「したな」
「それで、」
嶋本はいったん話を中断した。店員がほっけの塩焼きを持ってきたからだ。聞かれてはまずい話をしているわけではないが、妙な話ではあるので、あまり聞かれたくなかった。「てか、ほっけ早!」と言えば、店員は「うちは何でも早いですよ〜」と笑顔で答え去っていった。
嶋本はほっけに手を伸ばし、話を再開した。
「真田さん、確か喜怒哀楽さえろくに無いはずですよね?」
ほっけの骨をきれいに剥がしながら、問う。
「ん? ああ、そうだな。笑顔を出すし叱りもするが、それは厳密には喜んだり怒ったりしてるわけではないらしいな。それがどうした?」
「つまり、真田さんにインプットされてる感情ってその程度のものっていうか、無いに等しいってことでよね?」
「そうだな。そんなことを確認して、お前は何が言いたい?」
「……気のせいかもしれないんですけどね。真田さん、結構感情ありません?」
「……」
「少なくとも、嬉しいという感情と、楽しいという感情は、確かにあるんです。それで、そのことを問いただしたら、困られてしまって……」
「ほお。俺の時はなかったし、わからなかったがな。学習したんじゃないのか? あれは学習能力高いんだろう?」
まるで何事でもないかのように言った黒岩に、嶋本はほっけの骨を取る手を止め、注意を促した。
「そこなんです」
「んん?」
黒岩はまるで理解できないと言った顔をして続きを待つ。嶋本は言いたいことが伝わらないもどかしさをなんとか押さえ込み、ひとつひとつ確認をとっていくことにした。
「むやみに感情を学習されてしまっても良いんですかね?」
「何か駄目なことでもあるのか?」
「下手に学習されて、海難の対応に支障を来たすようなことがあっても駄目じゃないすか」
「そんなことがあるのか?」
「たとえば、恐怖という感情を覚えられてしまったら……」
「出動を拒むんじゃないかってか? そうなったら、その感情消してもらえばいいだけじゃないか」
「それはまあ、そうなんですけど」
「他に何かあるのか」
「……いえ、プログラム、いろんなところに絡んでいくことになるやろうから、メンテ時間かかりそうやなって」
すると黒岩は、少し厳しい顔つきになった。
「そもそも、マイナスになるような感情を学習させなきゃいいだけの話だろうが。それができないわけじゃないだろう?」
先の心配をするくらいなら、対策をしろと言いたげな黒岩に、嶋本は返す言葉が無かった。そもそも今まで何もしてきていないのに、これから何をどう学習するかもわからないのに、対策のしようが無いのだ。
黙ってしまった嶋本に、黒岩は励ますように明るく言った。
「そんなマイナスになる感情じゃなければ、学習してくれるにこしたことはないと思うぜ。今みたいな感じより、そっちの方が断然付き合いやすそうだ」
「じゃあ、真田さんに感情が、……自我があるということで、それを周知しても?」
「良いんじゃねぇか?」
なんだそんなことで悩んでいたのか、とでも言いたげな様子で黒岩は即答した。しかし次の瞬間には多少気まずそうな顔になった。
「まあ、どれだけのやつらが信じるかわからねぇがな。……正直俺は、今まで見てきた感じからだと、とてもじゃねぇが信じられねぇ」
