ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 6

 

「ビールて、真田さん! プレミアムモルツやないですか!!」
 仕事を終え、真田宅へと上がり、今まさに手渡されんとする缶ビールを見て、嶋本は声を上げた。真田の手に握られている缶は、深い青色と金色でデザインされていて、そんなデザインの缶ビールなんて、プレミアムモルツしか見たことが無い。嶋本は受け取ってからもまじまじと眺めている。
「そのビールはそんなに良いものなのか?」
「これ、ビールの本場で開かれたビールの世界大会みたいなやつで、二回連続で金賞もろてんですよ! 市販されてるし居酒屋でも置いてるとこあるけど、高おて手ぇ出されへんかったんですよね〜。めっちゃ嬉しい」
 言うと嶋本はプルタブを開けた。プシュッという音と共にビールの香りが広がる。目を閉じて思い切りその香りを吸い込めば、それだけで幸せになれた気がした。しかし、欲は満たされれば新たに生まれるもの。
「真田さん、透明のコップあります?」
 どうせなら色だって楽しみたいし、美味しい呑み方もしたい。
 嶋本はグラスを手渡されると、グラスを斜めにし、そっとビールを注ぎ始めた。
「ビールはね、最初は泡立たへんようにコップの側面に沿わせて入れるんです。で、ビールと泡の量、七対三くらいが美味しそうに見えるからタイミングを見計らって、コップ真っ直ぐにしつつ注ぎ口との距離を離していけば、……ホラ! めっちゃ美味そう!!」
 満面の笑みでコップを掲げて見せる嶋本。しかしロボットにはわからなくて、眉尻を下げ理解しかねることを伝えることしかできない。
「そうなのか?」
「そうなんです。これが、美味くいれられたビール! ただ、泡がなぁ……。これで泡がきめ細かくて綺麗やったら、もっと美味いんですけどねぇ」
「そうなのか」
「ま、俺は呑めりゃ良いんですけどね」
 そして嶋本はやっとビールを口にした。一気に半分ほど飲み干すと、ぷはぁ! と息を漏らした。
「美味い!」
「それは良かった」
「あ、ほらほら! コップに泡が層になって残ってるでしょ? これ、美味しくいれられた証拠なんです」
「ほお。奥が深いな」
 嶋本は機嫌良くビールを空にしていく。特にすることがないロボットはとりあえずその様子を眺めていたが、ふいに立ち上がり、庭の方へと移動する。そう移動距離が無いことを判断した嶋本は、横着をして四つんばいで後を追った。追いついて、でも何がしたいのかわからなくて、ロボットを見上げ、問う。
「どないしたんですか?」
 しかし真田は前を向いたまま嶋本の方を見ずに応える。
「猫が来た」
「猫? どこに?」
「もうすぐ来る」
 真田は、猫が「来た」と言ったのに次には「来る」と返した。理解できない嶋本は、とりあえずロボットの視線の先を目を凝らして見つめる。庭は植木で道路と区別されている。植木の根元には草花が生い茂っていて、向こう側は見えない。しかし、ガサガサと音がしたかと思えば、本当に猫が現れた。
「何で来るってわかったんです?」
「サーモグラフィー」
「ああ〜。……でも、なんで猫って?」
「こいつはしょっちゅう来るから」
 そう言うと真田は、しゃがみこんで右手を伸ばした。猫も何の警戒もせずに寄ってくる。
「へぇ。格好良いですね、こいつ。ちっこい豹みたいや」
 近づいてくるまでわからなかったが、猫はシルバーに黒の斑点模様の毛色をしている。
「エジプシャン・マウ。『小型の豹』の異名を持っている」
「へー」
「人懐っこくて賢いやつだ。嶋本に似ている」
「え〜。俺こない情けない顔してませんよ」
「顔じゃなくて」
「あはは、わかってますよ。でも、似てますかねぇ?」
 猫はロボットの腕に気持ち良さそうに擦り寄っている。ロボットも人懐っこいと言っていたから、嶋本も触ろうと腕を伸ばしてみた。しかし猫は見向きもしないどころか、ちらりと見せた嶋本を見る目はどこか冷たい。
 なんやねんコイツ、真田さん見るときは寂しそうな目ぇしとる癖に。
 思わず相手がロボットであることを忘れて少しだけ嫉妬してしまう。
「人懐っこいんとちゃうんですか」
「飼い主にはな」
「真田さん飼い主ちゃいますやん」
「ああ……古い付き合いだからかな」
「へぇ。こいつが初めて来たのはいつですか?」
「三年前の、五月十二日」
「三年ですか。確かに長いですね」
 そう言えば真田は以前、休日の相手は基地長と猫くらいしかいないと言っていた。手懐けようと頑張ったのだろうか。懐いてくれるまでは、気まぐれに来る基地長を待ちわびていたのだろうか。
 嶋本はなんとなくそこまで考えて、それは無いと改めた。だって、会話だってこちらが振らなければ発展しないのだ。手懐けようと頑張れるのなら、会話くらいもう少しまともに行えるはずだ。だが、それにしても気になる。
 猫を見るロボットの目は見たことも無いような優しいものだが、どこか寂しさが漂っているのだ。
 ロボットに喜怒哀楽を表現するのに必要な表情筋の役割を果たすものが装備されてはいるが、それだけのはずだ。その他の感情の機微なんて、このロボットに表現できるはずがない。それなのに、なぜ表情豊かになっているように見えるのだろうか。なぜ、こんなにも寂しそうな目をしているように見えるのだろうか。
「真田さん、俺、寂しそうな顔してます?」
 突然の質問に、真田は嶋本の方を向く。そして、いや、と答えた。
「ソイツは?」
「いや、していない」
 答えるからには、寂しいというものがどんなものかインプットされているのだろう。しかしおそらく、わかってはいない。心はインプットできないはずのものだから。だから他の隊員達も、このロボットの自我がわからない。でも──
「でも俺には、なんや寂しそうに見えます。ソイツも、真田さんも。やから、俺は寂しい」
「嶋本?」
 真田は猫を片手であしらいながら嶋本を覗き込む。
「コイツがいて、嶋本がいるのに、俺は寂しくなんてないよ」
「ほんまに?」
「うん」
 しかしロボットは今も、寂しそうな顔をして困っている。きっと何か感じているはずなのだ。だが、わからないのだろう、感情の機微が。今抱いているその感覚が何なのかが。しかし嶋本には、それを認めることはできない。もし認めたとしても、それを教えるわけにはいかない。黒岩はああ言ったが、あらゆる感情が、救助の妨げになるのは目に見えている。
「すんません、ほんなら勘違いですわ」
 酔うたんかなぁと、おちゃらけてみせる。すると真田はパッと表情を変えた。
「じゃあ今日はこれくらいにしておこうか。ビールはまだあるから、また来ると良い」
 別れ際嶋本は、真田の目がまた寂しそうになったことを、勘違いということにした。

 

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