ロボと心と愛のカタチ 特救編前編 7

 

 その後二人は、ちょくちょく時間を共にするようになった。
 時間を共にするとは言っても、訓練後嶋本が真田の家を訪れるだけだ。わざわざ休日に赴くようなことはしないし、出かけたりなんてとんでもないことだった。このロボットを外界へ出すなんて、恐ろしくてできない。日常でのイレギュラーには対応していないから仕方ない。基地を一歩出てしまえば、このロボットには命令が下されない。つまり、何もできないも同然なのだ。
 しかし嶋本は、だからこそ時間を共にした。真田のことを知るのに調度良いと、取扱説明書の精度を高めるのに持って来いだと、判断した。
「お、エジマ来た」
 嶋本が、珍しく寄ってきた猫を見て言った。
「江島?」
「そう。だってコイツ、名前ないでしょ?」
「ああ、知らないな。だがなぜ江島なんだ?」
「エジプシャン・マウやから、略してエジマ」
「江島」
 嶋本は猫を脅かさないようにゆっくりと抱き上げ、目の高さを合わせる。
「エジマ、嫌か?」
「ミャゥ」
「江島……」
「真田さんアクセントちゃいます。一定やなくて、ジマは下げる。エージーマ」
「……どうせ付けてやるなら、もっとまともな名前にした方が良いんじゃないか?」
「え〜、そうですかねぇ。……じゃあ、エジプシャン・マウやろ〜。んー」
 マウ? プシャン?
 言いながら顔を左右に傾ける。猫を持つ手も一緒に動く。
「エジプシャン・マウにこだわることはないんじゃないか」
「え〜。やってこいつ、エジプシャンゆうからには、エジプトん猫でしょ。せっかく見た目も格好良いのに、なんやコイツの尊厳なくなるみたいで嫌や」
「尊厳……」
「お前は何が良い? エジマ? マウ? プシャン? ……いっそエジプト?あはは、エジプトはないわなぁ」
「ならばマウもないだろう」
「?」
「マウはエジプトの言葉で猫という意味だ」
「そうなんすか? なんやお前、最初っからそのまんまの名前付けられててんなぁ」
 嶋本は調子にのって鼻先を突き合わせようとしたが、猫が少し暴れだしたので放してやる。猫はスルリとロボットの向こう側へ行き、その場で少し迷った後結局膝へと納まった。ロボットは優しく顎をなで始める。猫もすっかり信頼しきった様子で気持ち良さそうにしている。
「そう言えば嶋本は、俺を隊長とは呼ばないな」
「え。……ああ、まぁ……」
 それ以上は言わないでくれ。そんな嶋本の気持ちを、ロボットは察することができない。
「他の者は俺を隊長と呼ぶし、嶋本も他の隊長や基地長のことはそう呼んでいるじゃないか。なぜだ?」
 嶋本は渋々答える。
「んー……。記号論みたいな話になってまうんですけど」
「記号論?」
「記号論」
 ロボットは、いつもと変わらぬ様子で続きを待つ。視界は三六〇度なのに目線を合わせて、そらすことはせず、じっと話し手を見つめる。それは、当たり前だけど、なかなかできないこと。普段なら見習おうと考えて、決してそらすことはしない嶋本だったが、今回ばかりは、その行為が辛い。できるだけ自然に、猫に手を伸ばし視線をそらす口実を作る。するとロボットは猫をなでていた手を床へと移動させた。嶋本は、それまでロボットの手があった場所へ、己の右手を伸ばす。猫は逃げずに大人しくしてくれている。目を合わさなくて良い口実ができたことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。そしてようやく、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……『隊長』とか、『基地長』とかって、ただの役職名ですやん。個人を指してるわけやないんですよね」
「そうだな」
「やから、役職名で呼ぶことって、尊厳が守られてないと思うんです。でも、それでも役職名で呼ぶんは、けじめやったり、敬意を表すためやと、俺は思うてます。やからそう呼びます」
「うん」
「でも、真田さんは……」
「うん?」
「真田さんは、個人ですら、ないんですよね」
「うん……」
「だからこそ俺は、真田さんを記号で呼びたないんです」
「…………」
「わかります?」
「……すまないが……」
 申し訳なさそうに、真田が答える。それを聞いた嶋本は、パッと顔を上げた。
「良かった!」
「ん?」
「真田さんがわかる必要ないんです」
 嶋本は初めて真田を見たとき、どう見ても人間にしか見えないのに、真田だけ浮いてしまっていたのが、なんとなく寂しく思った。ならば自分だけでもと、真田のことを役職名で呼ばないようにした。まさか、そんな思いからそう呼ぶようにしたなんて、知られるわけにはいかない。
 増してや、今はそれだけではなくなりつつなんて、認めてしまってはいけない。誰にも知られてはいけない。
「……これね、他の人にも知られてしまっては駄目なんです」
「なぜ?」
「それはわかられたないこと言うんと同じやから言いません」
 言って嶋本は勢いよく立ち上がった。猫も一緒に真田の膝から下りる。そろそろ帰りますね、という嶋本の後を、猫が追う。ロボットは慌ててその後を追った。玄関で「ほな、また」と言った嶋本に返事をしたのも、猫だった。
「ミャァ」
「おう、おやすみ」
 そして嶋本は帰って行った。
 呆然と立ち尽くすロボットの足に猫がすりついて、ようやくロボットは動きを再開した。猫を抱え上げ、目線を合わせる。
「お前をシマと呼んでいることを、言いそびれてしまったな」
「ミャァ」

 

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