高校生 11

 

 4日間の中間テストが終了して、生徒会選挙立会演説会までの忙しない一週間が始まった。
 やる気のある候補者は、昼休みと帰りのHRに各クラスを回って、そして放課後は人の集まるところを探して演説を行う。
 初日の昼休みは、演説には行かず作戦会議が開かれた。とは言え、イガさんは他の候補者の応援演説に駆り出されている為、有と二人だけだ。
「最終日のHRは6組に行きたいんだ」
 有が言った。昼休みはその時教室にいる者にしか話を聞いてもらえないが、HRは必ず全員が揃っている。そして、昼休みは突撃して他の候補者がいなければ自由に演説して良いが、HRはあらかじめそのクラスの担任に許可を得なければならない。
「わかった、じゃあ先生のところに行こう」
「わけを聞かないのか?」
「後で聞く。早くしないと、こうしている間にも他の生徒が申込みに行ってるかもしれない」
「そうだな」
 そして職員室へ向かった。職員室への道すがらで、HRは理系のクラスをメインに許可をもらうことになった。
 そして、職員室の前で、有が「お前は来なくていい」と言い出した。
「なんで」
「生徒にはお前の力は効き目あるよ。でも、先生達にはどうだろうな」
 そして、有は一人で職員室へと入って行った。10分ほど待つと、有がピースをして出てきた。
「8,7,5,1,6でHR許可もらった」
「そうか」
 そして教室へ戻るのかと思ったが、有が反対方向に歩き出した。
「どこに行くんだ」
「生徒会室。鍵借りた。生徒会でやりたいこと、説明しとく」
 そして有は口を閉ざした。普段の笑顔が消えて、厳しいとすら思う表情だ。
 生徒会室に着いても有は何も言わず、棚から一冊のファイルを出すと、パイプいすに腰掛けた。向かいに座るとようやく口を開いた。
「俺がやりたいこと、OST」
「OST?」
「Opinion of the Students about the Teacher.略してOST」
「教師に関する生徒の意見?」
 聞くと、ファイルを広げ渡された。見出しから、OSTの概要、結果、効果が記されていることがわかった。しかし、読むまでもなく有が説明してくれる。
「15年前まで学期毎に行われてた。教師一人一人の評価を全校生徒が付ける。基本的にはマークシート形式で、集計するのは機械。で、次のページが、当時の設問。4段階評価で、普通って選択肢が無いんだ。面白いだろ」
「本当だ」
「で、設問の内容見てほしいんだけど」
 言われるがままに上から順に目を通す。
 声の大きさ・滑舌・話すスピード・板書・わかりやすさ、更には授業外での対応・全ての生徒に平等に接しているかと言った項目まである。そして、授業外での対応・全ての生徒に平等に接しているかに関しては、詳細を記入するための別紙が用意されている。
「ポイントは、この評価が、本人だけじゃなくて、校長とか教頭とか、偉い人にもいくってこと」
 有の声が、酷く冷たく響いて。思わずファイルから顔を上げた。声とは裏腹に口元には笑みを湛えているが、他の有を構成するパーツ全てが、笑っていない。そこにあるのは、怒りか、悲しみか……。
「俺はこれを使って、この学校にクソなセンコーがいるってことを、偉い人たちに知らしめたい」
「だが、知らしめるには同じような意見が多数いるだろ」
「同じ意見が集まるからやるんだ」
 有の言う『クソなセンコー』に心当たりがないわけではない。だけど、同じように考える生徒がそれ程いるとも思えない。現に俺は、嶋本に出会うまであの先生に関して何も思うところはなかった。
「お前は周囲に無関心だから知らないだけだ」
 心を読まれたかのような発言に思わず眉をしかめると、有はこう付け足した。
「それにお前、既にクソセンによって、不良と繋がりがある生徒ってレッテルを貼られかけてるぞ」
「嶋本は不良じゃない」
 自分のことはどうでも良かった。不良という言葉が嶋本を差していることについムキになると、有がぷっと吹き出した。冷たい空気が和らぐ。
「自分の心配しろよ。それに、嶋本が不良じゃないことは知ってる」
「嶋本は不良だと、前俺に念押ししたのはお前だったよな」
「だってそう言わないとお前、人の目なんて気にしないだろ。言っても気にしてないみたいだったし。だからお前を職員室に入れなかったんだよ。不良と繋がりがある生徒に応援演説してもらうことになるからな」
 だから『クソセン』の所へ一緒に行くわけにはいかなかった。それはわかった。
 だけどやっぱり、同じ意見が多く集まるとは思えない。『クソセン』が、嶋本と俺以外の多くの生徒にも『クソ』であるならば、とっくに問題になっていていいはずだからだ。
「クソセンは、他の多くの生徒にもクソなのか。そこがわからないから、6組に演説に行くのは喧嘩を売りに行くようなものにしか思えない」
「クソだよ」
 即答だった。
「6組の生徒は毎日あのクソを見てる。あのクソが嶋本をどんな風に扱ってるか、知ってる。6組の生徒は、嶋本があのクソのターゲットで居続けてくれてるから自分たちに被害が及ばないで済んでることをちゃんとわかってる。何かがあれば自分がターゲットにされることもわかってる。だから、クソセンに喧嘩売らないようにそこは上手く話す。そしたら、6組の生徒全員味方に付けられる。6組の生徒が直前になって気がかわらないように最終日に演説に行く。翌日の立会演説会でもう一度話を聞いてもらえば、多分、他に票が流れることはそんなに無いと思う」
「まるで6組を見てきたような言い方だな」
「見てないね。でも、去年のことは聞いてるし、少し見てる」
「去年?」
「お前今日うち泊まれよ。そしたら見せる」
「見れるのか」
「うん」
「わかった」
 そして放課後、まっすぐ有の家に行った。親に電話をすると有の母親と変わらされ、そのまま話に花が咲いたようだったので有の部屋に移動した。有は早速ゲーム機に手を出していて、昼休みの話の続きなどすっかり忘れているようだった。そのまま風呂までゲームをして、夕飯をいただいて、宿題に取り掛かる。
 そして、
「はー、終わった! 寝るか!」
 宿題を終えるなり有がそう言い出した。
「見せてくれないのか」
「え? 俺の写す?」
「そうじゃない」
「あ〜、昼の続き? あれねぇ、今は大したもん見せられないんだよね。こっち」
 有に手招かれた先は窓だった。
 カーテンを開け、窓を開け、有は正面の家を指さした。
「あそこん家、俺らと同学年の奴が登校拒否してんの」
「……」
「原因はクソ先。1年の時ターゲットにされてね。3学期から学校行かなくなっちゃった。それまでは一緒に登校してたんだけどねぇ」
「知らなかった」
「今初めて話したからね。続きは明日」
 そして、窓とカーテンを閉められた。そのまま部屋を出たかと思うと布団を運んできてくれた。
 電気を消して布団に入ると、有が「明日は車で送ってもらうから」と楽しそうな声を出した。
「車?」
「明日見せたいのが、ちょっと来るの遅いんだよね。でも、いいもん見れるから」
「来るのか? 何が?」
「それは明日のお楽しみ。お休み!」
「……おやすみ」
 気になるのでもう少し話を聞こうと思ったが、背中を向けられたため断念した。
 翌朝。朝食を食べ、準備をし、荷物を車に乗せると、門扉の片方を開け放ち、もう片方の門扉の後ろでしゃがんで待機させられた。
「あっちから来るから」
 有が小声で言った。門扉で死角になっている側を顎で示されてようやく、隠れて見張っているのだとわかった。
「何が来るんだ」
「しっ」
 有からは昨夜の楽しそうな様子が消え、真剣な表情だ。
「呼び鈴押したタイミングで出ていくけど、こっそりだぞ。ばれるのは遅けりゃ遅い方がいい」
「わかった」
 呼び鈴を推すと言うことは来るのが人であることがわかった。
 誰が、何をしに来るのだろう。
 そのまましばらく待って、待ちくたびれて腕時計を確認すると、もう自転車を飛ばしても遅刻の時間だった。車通学はこれを見越してのことだったのかと感心する。
「来た」
 有がやはり小声で言った。そっと覗くと、電柱2本先を、見覚えのある人物が歩いていた。声が出そうになるのを耐え、慌てて身を隠す。
 嶋本だった。嶋本がいた。
 心臓が、全身が、早鐘を打つ。
 落ち着け。落ち着け。気付かれてしまっては、嶋本は逃げる。
 なるほど、だから有は、呼び鈴を押したタイミングにこだわるのだ。呼び鈴を押した後なら、嶋本はこちらに気付いてもその場に留まる。盛大に嫌な顔をされるだろうけれど。
 有がそっと動き出した。嶋本が呼び鈴を押したのだろう。有にならい、そっと移動する。
 嶋本はこちらには気づかず、まっすぐ前を向いて待つ。
 そして、ドアが開いて、壮年の女性が出てきた。女性はぱっと笑顔になり
「まあ、3人で来てくれたの」
 と言った。その言葉で嶋本はこちらを振り返った。予想したような嫌そうな顔ではなかった。ひどく驚いた様子だった。しかしすぐに冷静を装った顔になり前を向いた。
「ちょっと待ってね」
 今日は引っ張ってくるわ、とは嶋本に向けて言われた。つまり普段は、有の友人は出てこないのだろうか。
 少し待つと、ジャージ姿の少し日に焼けた青年が出てきた。
「これ」
 気まずい空気をものともせず、有が紙を差し出した。青年が受け取ると、有は同じものを嶋本にも渡した。
「俺、生徒会入って、来年度にはお前が学校来れるようにするから」
「お前が?」
 とは青年が言った。
「大丈夫。こいつが応援演説するから」
「真田が?」
 とは嶋本が言った。
「真田って、テスト万年一位の?」
 青年が聞いて、有が「そ」と答えた。
「嶋本に付きまとってる真田?」
「そう」
 とは嶋本が答えた。
「付きまとうとは酷いな」
「それはどう転ぶかわかんないでしょ」
 青年が、楽しそうに言った。
「大丈夫。秘策あるから」
 有が自信満々に言った。まだ何か隠しているらしい。
「策と言えば、嶋本、演説会前日、お前のクラスで演説するから、HRサボれよ。演説会当日もサボれよ。喋ることそれに書いてるから」
「誰が出るかよ。お前に投票だけしときゃいいんだろ」
「そうそう」
 プップー
 話していたら、クラクションを鳴らされた。有の母親が車を出してくれている。
「じゃあ俺ら行くわ」
「おう」
 手を振って車に乗り込む。嶋本は乗らないだろうと思っていたら、おばさんに勧められて断り切れずに乗り込んだ。
 それから学校に着くまでの15分間はおばさんの一人舞台だった。
 有が生徒会で頑張ろうとしていること、嶋本が今学校であの青年と同じように先生から陰湿な嫌がらせを受けていることいること、それでも嶋本が毎日あの青年に「一緒に学校に行こう。俺がいるから大丈夫だ」と声をかけてから登校していること、真田がどんな形であれ嶋本と友達になりたがっていること、全てを応援してくれた。
 そして、ぎりぎり間に合う時間に学校に着いた。
 上履きに履き替えると、嶋本は一人図書館の方へ歩いて行った。

高校生12>>

<< 高校生 10