高校生 12
立会演説会前日、嶋本のクラスでの演説の時、嶋本は教室にいなかった。有はそんな嶋本を自分の立場を理解していると評したが、それは悲しいことだと思った。嶋本は教室にいてしかるべき存在のはずだ。
立会演説会当日も、会場にいてしかるべき存在のはずだ。しかし嶋本は「誰が出るかよ」と自ら拒んだ言い方をした。それはあまりにも悲しいことだ。
有は自分の考えを紙に記して渡した。しかし俺は、案の定あれ以来嶋本に会えずにいる。俺の思いも、伝えたい。
「俺は理不尽が嫌いだ」
立会演説会当日。俺は、有が演説する横で、嶋本がどこかで聞いていないだろうかと体育館中を見渡していた。有の演説ならもう5回聞いた。応援演説も5回してきた。今さら緊張なんてしない。ただ、嶋本に聞いてほしい。
「理不尽なんか存在しなくていい。でも、存在する。俺の周りには、理不尽に屈した奴、押し潰された奴、反発してる奴がいる。そして俺は、屈した一人だ」
理不尽に屈した者は、理不尽が自分の身に降りかからないように理不尽を見て見ぬふりした者。理不尽に押し潰された者は、有と嶋本の友人。理不尽に反発しているものは、嶋本。
嶋本、有は、友人の為だけじゃない。お前のためにも、生徒会に入ろうと、学校を変えようとしている。それなのに、お前がこの場にいないなんて、そんなおかしな話はない。
「俺は理不尽が嫌いだ。この学校には理不尽が存在する。俺が知ってるのは一つだけだけど、きっとそれだけじゃない。それらも含め、俺はこの学校から理不尽をなくしたい。でなきゃ俺は、理不尽に押し潰された奴と反発してる奴に顔向けできない。俺の公約は、理不尽をなくす。それだけだ。理不尽があるまんまじゃ、他の何を改善したところでこの学校はよくならない。毎日が楽しくない。理不尽に心当たりのある人は、俺に入れて欲しい。以上」
有が演説を終える頃には、体育館中が静まり返っていた。
届いている。
きっと俺が話すことによって、もうひと押しできる。
有と場所を入れ替わり、マイクの前に立つ。
だけど、俺が一番話を聞いてほしい人物は、ここにはいない。いるべき人物が、ここにはいない。
一つ息をついて、いないものは仕方ないと諦めて顔を上げると、2階のギャラリーに一台のカメラが設置されていることに気が付いた。そして、カメラの横に、嶋本がいた。腕章を付けている。腕章の文字までは見えないが、行事のたびに図書委員から記録係が出されていたから、きっと記録係なのだろう。嶋本は、図書委員だったのか。
「理不尽は世界中どこにでもある。でも、この学校内だけならばなくすことができる」
射抜くようこちらを見てくる嶋本を、負けじと見返す。負けていられない。伝えなければならない。
「少なくとも、伊藤が知ってる理不尽に関しては、なくす方法を伊藤が知っている」
俺は、お前が受けている扱いを、理不尽と言う他知らない。俺は、友達も自由に作れない環境を、学校だなんて思わない。俺は、お前と友達になりたいよ。胸を張ってお前を友達だと言いたいよ。
そして俺は視線を下げ全校生徒に向けた。
「だけどその為には、伊藤が生徒会役員にならなければならない。一生徒には行えない。一生徒のままでは行えない。伊藤を生徒会役員にしてほしい。面倒なところは伊藤が請け負う。だから、皆の一票を、預けて欲しい」
頭を深く下げると、横で有も頭を下げていた。
顔をあげた時、嶋本は腕章を外し手に持っていた。質疑応答の時間に入る。
嶋本はギャラリーに現れた生徒に腕章を渡すと、何か託をしたようだった。その人物は腕章を付けると、「はい!」と元気よく手をあげた。河野だ。体育館中の視線が河野に注がれる。
「ギャラリーの人! どうぞ!」
有がマイクを使わずに叫んだ。河野もその場から叫ぶ。
「どうやって理不尽をなくすんですかー!!」
「それは言えませーん!」
「なんでー!!」
「理不尽に握りつぶされるからー! だから、ここでは言えない! だけど、絶対やりとげるー!!」
「絶対!?」
「絶対!! 友達と約束した! だから、やりとげなきゃいけない!」
「あっそう!! わかったー!!」
最後の河野の気の抜けた返事で場内が笑いに包まれた。
生徒会選挙で当選する者は、結局人気者や演説が面白かった者に偏る傾向にある。この河野とのやりとりは、きっと上手く作用する。
「これが秘策か?」
こっそり聞くと、「いや?」と否定された。
質疑応答を終えステージ裏にはけると、有が話しだした。
「秘策はイガさん。イガさんが応援演説する立候補者は、一年生でクソセンのターゲットにされかけた女子生徒。公約は俺と同じ感じ。イガさん少なくとも俺やお前より生徒の信頼あるからね。俺が駄目でも、あっちが当選するでしょ。何よりその候補者、男子の人気高いんだよね」
有はニヤリと笑った。
「でもまあ、あの質疑応答は良かったね。うけてたし。嶋本気ぃ使ってくれたのかな」
「だといいな」
気を使ってくれたと言うことは、少なくとも賛同してくれたと言うことだ。
あわよくば、俺の気持ちも届いていますように。
「まあ、やることやったし。月曜日待ちましょ」
この後投票が行われ、土日で開票。月曜日に全校集会で発表があり、そのまま決起集会が行われる。
どうか、有かイガさんが応援する候補者どちらかだけでも当選しますように。
そして運命の月曜日。
6組の列にも2階のギャラリーにも嶋本の姿はなかった。
だけど、俺は確信していた。来年度、嶋本は図書館で一人さぼる必要はない。
そして、確信通り、有は当選していた。しかも、生徒会長だ。イガさんが応援演説した女子生徒は、一年生ながら書記に抜擢されていた。
決起集会で、有は土下座でもしそうな勢いで感謝の言葉を述べて笑いを誘っていた。
「ほんとに、ほんとに、ありがとう!!」
その言葉に「気にすんなー!」とちゃちゃを入れたのは、河野だ。
また笑いが起こった。良い生徒会になる。そんな予感がした。
有が当選して、一段落ついた。だけどこれはスタートだ。
有はこれから忙しくなる。
俺は、嶋本のことを諦めないでいよう。有が来年度までに何とかしてくれる手はずになっている。クソセンの目なんて、もう気にしなくていいはずだ。
俺はクラスの列を離れ、先生に具合が悪いと嘘を付くと、体育館を抜け出した。
図書館に入ると、司書先生は予想外の来訪に驚いた様子だったが放っておいてくれた。
陽の当たるソファーに向かうと、嶋本が本を腹に乗せ眠っていた。
向かいのソファーに腰掛け呼ぶと、嶋本は眩しそうに目を開けた。覚醒しきらない様子でこちらを見る。
「え、何時」
「10時。集会抜け出してきた」
「まじかよ。勘弁しろよ」
嶋本は腕で目元を覆ってまた眠りにつこうとする。
「大丈夫。有が生徒会長になった」
「だとしても、短くても、えーっと……」
覚醒しない嶋本は何かを指折り数える。
「四月まで五か月か。五か月は今のままだろうが。それとも今体育館で公約を実行してくれてんのかよ」
「……してない」
「だろうが。じゃあ俺に近づくんじゃねぇよ」
「でも」
食い下がる俺に、嶋本はようやく寝るのを諦め体を起こした。
「言ったろ。俺の言うことはもちろん、俺とつるんでるお前の言うことを、センコーは信じないって。あいつが会長になったところで、公約が実現されるまではそういう扱いは続くんだ。それともお前はどうしても俺を悪者にしたいかよ」
「違う。そんなつもりじゃない」
「じゃあ俺に構うな。近づくな」
「いやだ。嶋本のことが好きなんだ」
「はっ」
鼻で笑われた。全く相手にしてくれない。
「ならなおさら近づくな。お前が俺に近づけば、お前の好きな俺がどんどん悪者になるだけだ。それでもいいのか」
「でもそれは、来年度には終わってるんだ」
「伊藤の公約が実現されればの話な。実現される確証はあるのかよ。俺がどんどん悪者になっていって、それで公約が実現されなかったらどうしてくれんだ」
「それでも俺は、嶋本といる。嶋本は何も悪くない。嶋本だけが悪いなんておかしい」
「なんだそれ。悪化しっぱなしかよ。ざけんな」
吐き捨ててその場を去ろうとする嶋本の手を掴む。もう、逃がさない。嶋本を諦めないと決めた。
「嶋本が毎日、一緒に学校に行こうって声をかけてるのと同じように。俺は、何度でも嶋本の所に来る。嶋本と一緒にいる。誰になんと言われようとだ」
嶋本の瞳が揺らいだ。ように見えたのは、気のせいだろうか。
「勝手にしろ」
嶋本は手を振り払うと次こそ行ってしまった。
勝手にしろ。この言葉は、一緒にいることの許可と受け取っていいのだろうか。いや、勝手にしたらいいのだ。許可だと受け取ろう。
俺は決して嶋本を諦めない。
