高校生 13
昼休み、久々に有とイガさんと3人で昼食をとる。
有には全校集会を抜け出したことを気付かれていて、図書館に行ったことは勘付かれていた。
嶋本と話したことを話すと、盛大に怒鳴られた。
「バッカ、お前! バカ!!」
あまりの大声に、イガさんから声を落とすよう注意が入った。
有は、呆れたように続けた。
「嶋本が本当に気にしてるのは、自分の立場が悪くなることじゃない。自分といることで他の誰かの立場が悪くなることだ。お前のために自分に近づくなっつってんだよ。分かれよ!」
「まさか、」
「言ったろ。お前には既に不良と繋がりがある生徒ってレッテルが貼られかけてるって。クソセンが嶋本をターゲットにしてる限り、嶋本と関わるやつの評価はクソセンによって下げられるんだ」
「そんなこと気にしない」
嶋本を諦めないと決めた。嶋本が俺のことを考えてくれているならなおさら、俺は嶋本と一緒にいたい。友達になりたい。
引かない俺に、有はひとつため息をついた。
「じゃあ嶋本の立場になって考えろ。自分のせいで何も悪いことしてない友達の評価下がるようなことになったらどうだ」
「それは……嫌だ」
「なら嶋本に近づくな」
「でも、」
「嶋本は1年の時、今のお前と同じことして、今ターゲットになってる。このままお前がかまわず嶋本に近づけば、いずれはお前がターゲットになる。嶋本はそれがわかってるから、今誰ともつるまないんだ」
「……それでも俺は、今、嶋本と一緒にいたいんだ」
もはやただのわがままだ。嶋本に忠告され、有に改めて忠告され、嶋本の本意がわかったのに、納得したのに、それでも、一緒にいたいと思う。
しかし有もわかってくれてはいるらしい。「んんー」とうなった。
「気持ちはわからなくはないよ。お前みたいなバカいてくれたら心強いだろうし。でも俺は、どっちにつくかと言ったら、嶋本だ」
「なら好きにさせたらいいじゃない」
ずっと黙って聞いていたイガさんが口を開いた。「嶋本君は好きにしろって言ったんでしょう」
「言った」
「それは甚がしつこいからだろ!」
「そうねぇ。でも、私が嶋本君だったら、真田君みたいなバカがいてくれたら嬉しいと思う。ただ、鉢合わせにならないように細心の注意をするわ。やっぱり、自分のせいで何も悪いことしてない友達の評価が下がったら嫌だもの。結局、好きにしろ、がベストな返事ってことね」
ふりだしに戻ったかと思った話が、きちんと着地した。有はまだ何か言いたそうだが、んんと唸って言葉をひねり出せないでいる。
「好きにする」
結局結論は変わらなかった。
「きっと嶋本を捕まえることは難しい。でももしかしたらいつか捕まるかもしれない。その結果状況が悪化するようなことがあるかもしれない。だから有。絶対に、OSTを実行してくれ」
「もちろん」
有が大きくうなずいて、イガさんが楽しそうに微笑んだ。
生徒会選挙を終えるとすぐに、校内は合唱コンクールと文化祭で落ち着きがなくなった。イガさんは合唱コンクール実行委員で忙しくなり、有は文化祭実行委員で忙しくなった。これではOSTに全く手が付けられない。そこで俺が有の文化祭の仕事を肩代わりして、有はOSTの件を進めることになった。
おかげで、昼休みも放課後も、嶋本を探しに行く余裕が全くない。
移動教室の度、変則授業の度に嶋本を探すが、体育祭の時のように偶然出くわすことはなかった。
「嶋本捕まらないみたいだな」
合唱コンクール3日前、有が唐突に言った。「顔に書いてある。つまらんって」
そして笑った。
「そんなにわかりやすいか」
「うん。こんな顔になってる」
有は眉間に皺を寄せ手で眉を吊り上げた。
「そんな真田君に悪くない情報があるんだけど」
イガさんが言った。
「合唱コンクール、6組本番で何か企んでるんだって。詳細は知らないけど」
「嶋本が絡んでいるのか?」
「わからない。でも、見逃す手はないと思わない?」
「確かに」
「おお、ちょっとこうなった」
有が吊り上げていた眉を少し下げた。
嶋本が合唱コンクールに参加することは考え難い。しかし何か企んでいるのであれば、嶋本がそれを知っていれば、見届けに来る可能性は高い。何も無いよりは、嶋本に会える可能性は高い。しかし期待して会えた試しの無い俺は、期待せずに合唱コンクールを迎えた。
そして案の定、体育館に嶋本の姿を見つけることのできないまま1クラス目が始まった。
6組の出番は最後、8組の出番は8クラス中4番目。もしかしたらと思いステージに上がってから体育館中を見渡したが、ギャラリーにも嶋本の姿はなかった。
ステージから下りてずっと6組の列を気にしていたが、嶋本が列に加わることは無いまま、6組の出番になった。
ステージに上がる列から一人外れ、進行役の放送委員に何やら託する。そして全員がステージに上がるとこうアナウンスされた。
「自由曲に変更があります。指揮、河野威。伴奏、斉藤傑。曲目、ジョイフルジョイフル」
体育館中がざわめきに包まれた。曲目こそ変わらないものの、指揮も伴奏もプログラムから変わっている。それもただ変わったのではない。不良で有名な二人に変わったのだ。
ざわめきはなかなかおさまらなかったが、課題曲の指揮者が一つ指揮棒を振るとしんと静まり返った。
課題曲だからこそよくわかる。6組はよく練習している。発生はまずまずだが、強弱の付け方が他のクラスより上手い。自由曲の期待が膨れ上がる。嶋本はこんなに楽しそうなことを本当に見逃すつもりなのだろうか。もう一度体育館中を見渡してみたが、やはり嶋本の姿はどこにもなかった。
課題曲が終わり、指揮者と伴奏者が入れ替わる。河野は表彰された時と同じく、大きなアクションで堂々と礼をした。そして斉藤に向かって指揮をすると、聴きなれたメロディーが1フレーズ厳かに奏でられた。そしていきなりのソロパート。ソロを歌うのは、プログラムに書かれている指揮をするはずだった者だ。いろいろと考えて構成されているらしい。ソロパートが終わりに近づくにつれピアノの曲調が変わっていき、全員で歌いだした時にはヒップホップに変わっており、全員が踊り出した。ラップが入り、手拍子が入りお祭り騒ぎだ。
6組の自由曲は大いに盛り上がり、他クラスの生徒を巻き込んで終了した。
そしてステージから戻ってきた列の中に、いつの間にか嶋本がいた。歌の途中でステージへの出入りはなかった。嶋本は絶対にステージには居なかった。いったいどこから現れたのか。
「審査結果の発表まで15分間の休憩となります」
進行役の宣言とともに生徒たちがざわざわと動き出す。俺は慌てて6組の列へ走る。
「河野! 嶋本は?」
「逃げちゃった」
「逃げた?」
「ほら、俺ら絶対入賞すんじゃん? だから代表で受賞行けっつったら逃げちゃった」
「それは……行かないだろう」
目立たないように、ひたすら目立たないようにしている嶋本が、一番目立つことをするはずがない。
しかしこれでわかった。6組の生徒たちは、嶋本を不良だと思い距離を取ったりなどしていない。大事なクラスの一員だと思っているに違いない。でなければ合唱に参加していないメンバーを受賞に行かせようなんて話、出るはずがない。河野が一人で言っている話ならば、嶋本は逃げる必要が無い。
願わくば、俺から逃げただけではありませんように。
姿を消した嶋本を見つけられた試しがない。俺は自分のクラスの列へ戻った。
そして結果発表。
河野はたいそうな自信だったが、6組が読み上げられることはなかった。しかし、銅賞なしという異例の措置が取られていた。総評にて、「サプライズは構わないがもっとうまいやり方をすること。オリジナリティも必要」と言われていた。6組のことだ。ふと目についたクソセンはしかめ面で不機嫌そうで、この後6組の生徒たちが嫌な思いをしなければいいと願わずにはいられなかった。
