高校生 15
学年末テストが終わり、去年と同じくあって無いような授業が始まった。
テストが返却され、テストに基づいて復習する。変則授業が組まれ、二年生は卒業式の準備と練習をさせられる。そして俺は、小・中と同様、在校生代表で祝辞を託された。
上級生に知り合いなどいない。何も思うところはない。原稿用紙5枚分も、何を言えと言うのか。在校生代表なのだから、生徒会長がすればいいのに。
「そう言うな。生徒会長は他に仕事があるんだ」
黒岩先生に、嫌である旨伝えたが、さあ今書けと、応接スペースにねじ込まれてしまった。これまでの祝辞のコピーを参考に、なんとか筆を進める。
ようやく2枚目が埋まったところでストップが入った。顔を上げると、すっかり日が暮れていた。
「推敲しとく。明日また来い」
「はい」
「気を付けて帰れよ!」
「はい」
大きな声に押されて職員室を出ると、ちょうど、嶋本も理事長室から出てきた。
「あ、」
「おう」
声をかけようと考える間もなく、嶋本の方から声をかけてくれた。どういう風の吹き回しだろうか。しかしこのチャンスを逃す手はない。
「何かやらかしたのか」
理事長室から出てきたということは、ただ事ではない。
「うっせ」
答える嶋本の声にはいつものような棘がなく。しかし悪い表情で、嶋本は駆け寄ってきた。
「OSTの結果もう出てんだと」
嶋本が小声で、楽しそうに言った。
「その様子だと、良い方向に作用しているんだな」
「そゆこと」
四月までわからないものだと思っていた結果が、一か月近く早く判明した。
「いろいろ事実確認しなきゃだから理事長大変そうだけど。間に合わすって」
「そうか」
「じゃ」
「え、」
内容が内容だけに、ついに一緒に帰れるものだと思い込んだ瞬間だった。嶋本は来客用玄関から去って行った。
来年度同じクラスになれるまでろくに話もさせてもらえないのだろう。4月の始業式までの我慢だと、改めて覚悟した。
なんとか祝辞を書き上げ、退屈な卒業式を終えた。その翌日、緊急集会が開かれ、生徒たちは動揺のままに一枚のプリントを持たされ帰らされた。
クソセンが懲戒解雇され、校長も懲戒処分された。
プリントは保護者への説明会の案内だった。
6組は、臨時で教頭が担任になった。そして、6組は今年度初めて、生徒全員が登校した。昼休みに6組を訪ねると、「おう!」と迎えてくれたのは河野だった。
嶋本が、自分のクラスにいる。自分のクラスで、友人に囲まれ昼食をとっている。
このクラスには今までずっと、この当たり前が存在しなかった。
当然が当然でない理不尽は、もう、無いのだ。
「んなとこ突っ立ってたら邪魔だろ」
そして俺は知ってる。これは、来いということ。拒絶の言葉ではない。
適当に席に着くと、嶋本が口を開いた。
「本当は免職が良かったんだけど」
「似たようなものだろう。再就職に困ることにはかわらない」
「でもまだ教師の道は完全には閉ざされてはいないんだろ。閉ざされろ」
物騒なことを言いながら、だけど嶋本は楽しそうで。眉間の皺がすっかりなくなってしまっている。
これが嶋本の本来の姿なのだろう。
友人に囲まれ、屈託のない笑顔で楽しそうに過ごすのが、本来の嶋本なのだ。
嶋本が皆から避けられ皆を遠ざけていた時から、それはうかがい知ることが出来ていた。体育祭も合唱コンクールも、避ける嶋本を周りが巻き込んでいっていた。嶋本はもともと皆から愛される人物なのだ。
しかし改めて目の当たりにすると、なんだか寂しくなってしまった。そして、勘違いしていた自分に気付いてしまった。
俺の大部分は今、嶋本で埋め尽くされている。だけど嶋本には俺だけじゃない。一人でいる嶋本ばかり見てきていたから、嶋本には俺だけなんだと勘違いしていた。
なんて恩着せがましくて、なんて独りよがりなんだろう。
「あとはクラス替えだな。テストは毎回好成績残しといたんだけど、生活態度があれだからどうなるかわからんだと。それもクソセンのせいだっつーのになぁ?」
「……」
「真田?」
嶋本に訝しむように覗き込まれた。
「、ああ。同じクラスになれたらいいな」
慌てて答えたが、会話が成立しているのかわからない。
「おう、」
嶋本の返事は歯切れが悪い。
「俺、昼食まだだから教室戻る」
甚だしい勘違いが嫉妬に変わる前に、この場を離れなければ。
「ああ、飯持って来いよ」
ぜひそうしたい。だけどそれには、『二人ならば』と条件が付く。これまでは俺と嶋本は二人きりが当然だったけど、今後はそうではないのだ。
嬉しいはずの言葉を、喜ばしいはずの状況を、まさか受け入れられないなんて。
「いや、今日は遠慮しておく」
「そ?」
「じゃあ」
踵を返す。嶋本は律儀に俺の背中に声をかけてくれた。
「おう、またな」
「……ああ」
振り返らずに返事をした。浅ましい自分をさらさないためには、それしか思いつかなかった。
その後嶋本と会わないまま春休みを迎えた。嶋本のクラスにも図書館にも行かなかったし、嶋本が来ることも無かった。
そして、新年度。クラス替えの張り紙には、俺の名前の次に嶋本の名前があった。出席番号が一つ前だから、席順もそうなるのだろう。
どんな顔をして嶋本と会えばいいのかわからないまま教室に行くと、嶋本の姿はまだ無かったが、有とイガさんがいた。
「甚! ここ、ここ!」
有が隣の席を指さして言った。『出席番号順に着席して待機』黒板にそう書いてある。イガさんは有の前の席だ。席に着くと、有がなぜか小声で言った。
「嶋本、やったな!」
「ああ」
有は満足そうに頷くと、早くも別のことを話し始めた。他愛ない話をだらだらと続け、嶋本が現れたのは始業式直前だった。
